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旧 なんかのたまご

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「ひとが病むとき」


昨日、なにかの理由でひっさしぶりに Youtube にログインしたら、コメントがついていることに気付いて、それがたまたま昨年読んだ、河合隼雄氏の「ひとが病むとき」という内容だったのでおおおおお!などと一人で盛り上がっておりました。そういえばわたし、断酒するちょっと前に、のどの調子がいつも良くないし定期的に声帯腫れるし口内環境最悪だし~などとブツクサ言っていて、そのあたりから本を読むとき音読しないでずっと黙読だったのですよ。それから、バイオリンもらったり、会食の機会が続いたり、自力整体やヨガで個人的に新しい発見があったり、秋植え球根のことで悩みに悩んだり、ご近所の方と新たな出会いがあったり、断酒日記が新鮮で1日何記事も書きまくったりという日々が続いて、音訳とか朗読のこと若干忘れ気味でした。

そう。考えてみればアルコール依存症も「病」です。だから、「病」についての動画にコメントいただいたタイミングがつい先日だったことに縁を感じて、もう一回読んでみました。



河合隼雄「ひとが病むとき」 (1年ぶり2回目) - YouTube


アルコール依存症は、不思議な病気です。自分がそうだと認めれば病だけど、認めなければ病ではない、という不思議な「病(やまい)」です。

断酒日記を書いていてふと思う時があります。自分はちょっとズレたことに多大な関心を寄せていて、実際にはそこまで大げさに「断酒」とか言いだす必要ないのでは?だとか、夫がわたしと外でご飯食べたい時にお酒飲みませんを貫き通すとなると彼はつまらないだろう、とか、そんな感じのこと。前回の記事にも同じことを書きました。つまり、疑念が生じてしまうわけです。

なんでかっていうと、医者からアルコール依存症という診断を受けていないから。

でも、実際問題 「あなたはアルコール依存症です。断酒以外に治療法はありません」 って言われた段階ではもうかなり進んでしまっている状態なのをわたしは良く知っています。なぜなら入院中に複数のアルコール依存症患者の方を見たから。以前も書いたことがありますが、同じ病棟でほぼ同時期に入院したひとが、とくに印象深いです。

普段は明るく穏やかな性格なのに、ふと 「もう俺は一生酒を飲めないんだ。飲むと人が変わっちゃうんだよね。母親は風呂場で大酒飲んで溺れて死んでいた。発見したのは俺で、たぶん自分も同じような最期を迎えるんだろう」 とあきらめたような感じで言っていて、わたしはなんと言葉をかけていいのかわかりませんでした。

その当時はわたし、全然ちがう理由で入院していたのでアルコール依存症ってこわいな、とか、悲しいな、と思っていたのですが、そんな風に他人事っぽく言ってる場合じゃないじゃん!大学のころからすでにお酒の飲み方おかしかったじゃん! って尻に火がついたのがつい先月。


2014-10-07 20.17.42



で、わたしは酒を飲まないことを選択しつづけて今日に至るわけですが…… 今日の断酒日記 (切羽詰まっていないからこそ : 断酒日記 〜あした飲み会だけどね〜) にも書いたとおり、だんだん感動や新鮮さの薄れている今日この頃なので、こうやって日記を書き続けて確認しているのだと思います。 「お酒から自由になった喜びを忘れないで!」 と。





そうそう、それで、久々に読んだ河合隼雄のファンタジーを読む、より、「ひとが病むとき」。

そのなかに、「病は人の目を自分の内面に向けさせる」 とか 「一見損をしたように思えるけれど、人生全体の流れのなかでその病が大きい意味を持っていると思われることがある」 とか 「わたし、がここに存在するということは階段のない2階にいるようなものなのではないか」 など、ああ、懐かしいと思うと同時に、1年前には腑に落ちていなかったような部分に、昨年とはまた違ったことを連想したり、考えを深めつつ読みました。

先日から夫の糖尿病について自分のモヤモヤが膨らんでいまっていますが、彼がもし、今後大きな試練を受けるというときがきたとして、ただ嘆いたり責めたり泣いたりするのではなくて違った受け取り方のできる自分になっていたいと思います。それに、絶対病気が悪くなると決まったわけじゃないし~♪

明石屋さんまさんの言葉に 「生きてるだけでまるもうけ」 というのがあるそうですが、たしかにそうだ、と思います。自分自身も一度は死んだも同然、なんて思うときがあるのですがわたしはそこまで感謝とかできません。一度健康を取り戻した感じになると、どこかに不満を見つけては文句言い始めるタイプなので、ときどきは思い出したいです。この言葉。

さんまさんの言葉や娘さんの命名エピソードについて、必要以上に感動話にするのもどうかと思いますが、魯山人の生い立ちとその後の人生について連想したとき、ああ、モノの考え方というのは生い立ち以上にひとの人生を左右するな、という感想を持ちました。明石家さんまも北大路魯山人も、生い立ちや育ちは辛いのですが、考え方が違うのです。

べつに、どっちがえらくてどっちがだめって比較するようなことじゃないと思いますが、 「では、わたしは自分の生い立ちをどうとらえて生きていくの?」 って自分に対して質問する価値はあると思います。

【泣ける話】明石家さんまの壮絶な生い立ち ~生きてるだけで丸もうけの本当の意味~ - YouTube

「北大路魯山人」 白洲正子 『ものを創る』 人と芸術 より - YouTube









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