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旧 なんかのたまご

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自作PCも、メガネを探すためのメガネだった

いまのわたしにとってのメガネを探すためのメガネ、服を探すための服 - なんかのたまご Mon. 20:58  の続き。

断酒日記を書いているうちに、いろんなことを思い出してきて、「ああ~そういえばそうだったわ~」などとひとりごとブツブツ言っている時があるのですが、ひとつ、また思い出したことがあります。

たぶん29歳ぐらいのころ。

いや、もうちょっと若かったかもしれません。とにかく退院直後~1年ぐらいの時期なのですが、わたしはそのとき実家に居ました。メジャートランキライザーとマイナートランキライザーと副作用止めみたいなわけわからん理由で増えていった薬、13,4種類ぐらいを毎日飲むという生活だったので、頭ボケボケですよ。ほんっとに。

んで、そんな状態でゴロゴロしていてもつまんないじゃないですか。しかも、本とか買いたくても本屋遠い。田舎だし品揃え少ない。みたいなときに、どうやってやったのか詳細は不明なのですが、わたしは納戸に突っ込んであった古いCRTとケーブル、筐体、マザーボード、CPU、ハードディスク、メモリ、あといろんなもの。とにかく引っ掻き集めて強引にPC組みました。

そしてそのマシンをどうやったのか?たぶん、それより何年か前に契約してあったプロバイダを両親が解約していなかったみたいな理由で生きていた回線があることもどこかで知って、LANケーブルつないでインターネットできる環境を整えました。と言ってもほんっとに最低限のことができるだけ、という状態。おまけにOSも古かったような気がします。

いまはもうできません。自作とかむりー。

でも、そのとき強引にインターネット環境を作って、自分の書いた文章をお金に換えて、ついでにアフィリエイトもやって……という感じでネット世界に戻っているうちに、たまったお金でさっさと新しいパソコン買いました。DELLの一番安かったやつですけどね。あとは、日記猿人時代に仲良しだったひとが会いに来てくれたこともあって、ほんとうに嬉しかった。

もしあのとき、無我夢中でパソコン組まなかったらいまごろずーっと実家で薬漬けになっていてもおかしくない。あのままアカシジア (静坐不能) で本も読めない映画も見られない、なんて状態が続いていたらいまごろ美容だの健康だの言ってる場合じゃないし、夫と結婚が継続していたかも怪しいです。

独り身、41歳。ろれつ回ってなくて薬漬けで話通じない。そして酒煙草止められない上に食欲抑制が利かないから超肥満体で、風呂にも入らないから臭い。はっきり言って両親も限界。そろそろ障害年金と生活保護のことを考えないと……みたいな雰囲気にマジでなっていてもおかしくないです。

そう考えると、あのとき火事場のバカ力、という感じでPC組んだのも「メガネを探すためのメガネ、服を探すための服」だったよなぁと感慨深く思ったのでした。

20代のころは家族からパソコン良くない、パソコンのせいで病気になったんだろう、みたいに言われていましたが、今思うと逆です。信仰のおかげで治ったと言っているけど逆なのと同じです。

ともかく、わたしは自分の安全確保しました。つまり、メガネを探すためのメガネを自力で見つけたのでした。このときはたまたまそれがパソコン、というアイテムだった。

何が幸いするか、わからないものですね。


2014-10-04 08.04.04
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