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旧 なんかのたまご

無限ノート

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ナメられ実験結果 その2

ナメられ実験結果 その1 の続き!

その1に書いたような顛末で、カフェ的なところにキッタネェ格好してい行ったのはそもそもの本題の「自分はナメられやすいかどうか」みたいなこととは関係なくなってしまいました。

帰り道に雑用を済ませ、買い物をし、歩いているうちにひとつ重大なことに気づきました。

そもそもあいりちゃんとわたしは年齢がぜんぜんちがう!ということを。

だから、よく考えてみたら、こういう部分が同じだね~って話し合ったところでどうなるものでもないのでしょう。ただ、あいりちゃんの場合はお役所のひとから見たら若いねーちゃんが来たよ、どうせ何も知らないバカなんだろ?みたいなことを相手に思われているのかもしれないということは想像できます。ピアス多めにつけているだけでひとはその人物にレッテル貼りをしますからね。

そして、唐突に思い出した自分の経験。

これが奇跡的に 自分の感情をなかったことにするクセを変えてみる - なんかのたまご に出した話題である「思い出し怒り」に戻ってきたのでビックリしました。

わたしが今の主治医のところに行き始めたころ。たぶん4年ぐらい前でしょうか。

そのとき、案内された薬局に処方箋を持って行きました。

当時のわたしは長いこと夫の元と実家を往復しながら生活していて、精神が安定した試しがないのでほんとうに引きこもっていた時期が長いです。

そうこうしているうちに体も太って年齢も30代後半ぐらいになって、まさに 違う人間を演じてみる 「暮らしの哲学」 - YouTube に出てくる、長い入院生活を送ったあと、社会のルールがわからずオドオドしているひとそのまんまな感じ。

そんなときに、薬局でひどい対応をされたことがあります。

時期的にも、向精神薬などを転売?とかするみたいなニュースが話題になっていたのでなおさらなのかもしれませんが、わたしがその薬局に初めて入って処方箋を手渡した時、もんのすごくひどい扱いを受けたのでした。

露骨に疑われていましたね、たぶん。保険証はありますか?だの、ちょっと病院に確認しますので、だの、保険証のコピー取らせていただくのでお時間かかりますが、などと言う口調もなんだか冷淡で、ああー犯罪者を扱うときの警察ってこんな雰囲気出してくるよね~あと、精神病院のナースも。などとボンヤリ思った覚えがあります。

そして、それを言われている自分は怒るとか悲しいとかよりも、離人感と不安感が交互に襲ってきてまったく眠れない日々を過ごしていましたので、自分がいまなにをしているのだかもよくわからない状態で座っていました。

でも、その一年後。(遅い!)

超怒りました。

その怒り方は今思うとあまりにも下手くそで陰湿。

まず、夫に愚痴り、一人で悲観的になって泣き、恨み思考が湧いてきてなにか仕返ししてやるという考えが過ぎり、いっそのことその薬局の前まで行ってその場で派手に死んでやるぜとか妄想し始め、一週間ぐらいそのことばかり考えてすごしました。

よく、いじめられっ子だったひとが何十年も経ってからいじめっ子だったひとに仕返ししてやると事件を起こすケースがあり、そのようなニュースに対していろいろな立場からの意見がありますが、わたしはいじめられっ子だったひとの気持ちがわかります。

そして、仕返ししてやると思ってしまう気持ちも。

ただ、根気がない&忘れっぽいのと、元々の性格がラテン気質で遊び好きなので、復讐みたいなことを行動に移す前に飽きてしまうだけで、もしわたしが妙に粘り強かったり、あまり愚痴を言わないとか我慢しすぎてしまう性格だったり、おとなしかったり、という要因が重なったらやっていたかもしれません。仕返し。復讐。

だからと言って「復讐するのもいいんじゃない、応援するよ」とは思いませんけどね。そういうことが世の中にあるのだよなぁ、そして、自分もそういう思考がよぎるタイプの人間のひとりなのだよなぁ、ということだけは認識しています。そして、悲しいな、辛いな、とも思います。

そして、自分が忘れているだけで誰かをいじめた結果になったかもしれない、という場面も同時に思い出します。どちらかと言うとこの、加害者であったかもしれない自分を思い出す時のほうが辛いです。キツいです。事実かどうかはわからなくても、自分の曖昧な記憶の中で他人に冷淡な態度を取ってしまった、とか、理不尽に連絡を断ったとか、そういうことについてはもう取り返しがつかないので二度とやりたくありません。

あら? いままさにわたしは自分の感情を認識しているのかもしれません。

書いている話題は暗いし、悲しいな、辛いな、と本気で思います。ちょっと涙も出てきました。

でも、やっぱりそれを無かったことにするよりは、外に出してしまったほうがいいのでしょう。そしていつでも自分の味方でいることを忘れないようにしたいと思います。

なぜなら、自分自身が自分の味方でいれば、ナメられるとかいじめられる、みたいな場面に遭遇したら即逃げることができるからです。また、誰かに攻撃的な気持ちを抱いたときに、ちょっとまったー!アンタはそんなことをする人間じゃないでしょう?と引き止めることができるからです。

目の前で小さい子が危険な目に遭いそうになったら

「アンタ、逃げな!」

と、いうのが反射的な行動なのだから、自分自身に対してもそうしてあげればいいだけの話。

というわけで、ずいぶんと話がそれてしまいましたが、自分の感情を無かったことにするクセ、これはまたゆっくり時間をおいて考えてみたいと思います。

インスタントに答えが出るわけでも、本に何かが書いてあるわけでもない。だからこそ、面白いです。

ちゃんちゃん♪


2014-09-03 22.08.33
味方の身体を労る

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