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旧 なんかのたまご

無限ノート

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奇跡を維持する

先日、久しぶりに両親と食事をして、楽しい時間を過ごしてきました。

もうー最高!

それはそれとして、毎日の生活は続いていきます。タイムテーブル復活してからは、前夜のうちに翌日にすることが決まっているので翌日のことをいちいち心配しないでぐっすり眠れていい感じです。

で、さっきふと思ったことがありました。

わたしの両親はある宗教団体に入っていてとても熱心だったので、わたし自身も当然のように幼稚園ぐらいからその団体の会合に行き、小学校中学校ぐらいまではいろんな行事に参加していました。

大学もその団体のひとが行く大学だったので、途中で嫌になってやめちゃったのですが、このへんの経緯は散々書いたので省略します。ともかく、夫と入籍するときなどに、この信仰をしないのなら娘と結婚させない的なことを言われたような覚えがあってめんどくさーと思ったのは覚えています。世の中によくある話ですね。

わたしの親族に、同じようなことに直面しているひとがいます。

その方は、結婚するときの条件として、その団体に入りなさいと言われた。でも、そのひとすごいんです。

「結婚はします。だけど、信仰をするのは部活に入るのとは違ってそんなに気軽にひょいひょいできないのだから入りません」

と、自分の意思を押し通して、いまだに入っていません。強い!

それに対してうちの夫は「ああ~別にいいっすよ」と、ヨドバシカメラのポイントカード作るときみたいな軽いノリで団体に名前だけ登録しています。信仰は一切やっていませんし会合のお誘いもガン無視ですけどね。

この二人は、配偶者の両親が特定の新興宗教団体に入っていて、入らなかったら結婚を許しませんと言われた、という経緯は同じなのですが、対応も、態度も、それぞれ違っています。

先に書いた、結婚したあとも断り続けている方は、一見「無宗教」「宗教嫌い」のような印象を受けるかもしれないけれど、年月が経つうちにああーそうではないのかもしれない、と思いました。

そのひとは信仰を持つことに対してしっかりとした考え、信念、を持っているからこそ拒むのではないかと。(もちろんそれ以外にもその団体特有の言葉遣いや行事ぽいものが嫌だとか勧誘みたいなことをしてくるその態度が気に入らないとかいろいろ要因はあるでしょうが)

なぜそう思ったかというと、うちの夫が部活感覚どころか、ポイントカード感覚で入会の紙にサインして、それ以降かなりの年月が経っているのにそのことに特にこだわりがないように見受けられるからです。信じてないんですね、彼はまったく。だから入会してもなにも期待もしないし、オカルト的な脅し (信仰しないと不幸になるぞ) も怖がらない。かと言って科学の信奉者でもガッチガチの合理主義者でもないので、厄年には神社でお祓いをしてもらって「ああーなんだか安心した~♪」などと言いながら一年を無事にすごしてお礼参りにも行っていました。

このへんの感覚がほど良いので一緒にいて楽です。

一方「部活感覚では入れないです!そんな気軽に所属なんてできません」と主張した方は、帰省するたびに説得されて断るだとか、配偶者から「やっぱり両親の顔を立てて&自分自身も熱心に活動しているのだから入ってよ。夫婦で共に戦おうよ」などと日常の会話をするたびに断る、ということを続けているようです。

これはとてもエネルギーのいることだと思います。良い悪いではなくて、その話題が出るたびに議論になったり強い意志を持って断るという時間を使うので。

だからなに、という結論はないのですが、わたしはこういうことに囚われて延々考えてしまう時間が減り、楽になりました。

自分自身がその団体にいた事によってこんな風に損をした、だとか、夫まで巻き添えにしてしまって申し訳ない、みたいに悲劇のヒロイン思考に心を乱されることも減り、両親の信仰を否定も肯定もしません。かと言って他の宗教団体に入るとか何か超越的な存在に帰依するみたいな考えを持つことももないでしょう。(たぶん)

無宗教の国日本などと言われているけれど、ここ10年ぐらいの間に知り合った「無宗教」の友人などは、ごく自然にご飯を食べるときにはいただきますと手を合わせるし、神社仏閣に立ち寄ればふと居住まいを正すような態度になるし、そうだよね、それでいいんだよね、という安心感を与えてくれます。夫もそうです。

その辺のところは、類は友を呼ぶという言葉どおり、わたし自身の信仰に対するこだわり (嫌う、ということも結局は強いこだわり・関心ということですので) が減ったからそういう友人と知り合うことが増えたのかも、と思うこともあります。

なんだかんだ言ってふと気付いたらわたしは、ずーっと望んでいた安心していられる普通の生活を手に入れた気がします。そして、それは当たり前であると同時に奇跡でもあると思います。どんぐりが発芽して若葉を出し、いずれは大木に育つのが、なんの不思議もない自然の営みかもしれないけれどやっぱり奇跡でもある、みたいなことで。

とりあえず、今日は洗濯乾かすーー!!!そして布団乾燥機かけて掃除ーー!!!奇跡を維持するのには地味で普通なことを延々続けるだけでオッケーだとわかったからです。


2014-08-30 09.42.26
どんぐりっ!


【追記】

夫の例を出してしまいましたが、わたしは同じ状況の方に対して「入っちゃえばいいじゃん」とは思いません。わたし自身もかかわらずに済むのならそうしたい、というのが本音ですし、現実問題として入会してしまったらいちいちお誘いを断るという煩わしさが生活に入り込んでくる。

だから、わたしはこの手のことに関して他人様の相談に乗ることはできません。アドバイスもできません。

ただ、自由でありたいですね。ひとりひとりが自分の本音で生きることができて、自由であることを願います。

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