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旧 なんかのたまご

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どうでもいいことには洞察力発揮する必要なし


赤点取ってる 「洞察力」 - なんかのたまご 2014/06/19 Thu. 03:55 で、いろいろ試してみるっす、みたいなことを書いて終わりましたがあれから半月以上が過ぎたので自分なりに思ったことを書きます。

あれこれ考えていてちらっと思い浮かんだのがここ数年よく耳にする「大人の発達障害」ってやつ。一応、確認しました。

ネット上のテストっぽいものなので正確かどうかは知りませんが、そういうテストをやってみたらわたしは普通よりちょっと空気読めない傾向が強めだけど別に障害レベルではないごくふつうの点数である、(つまり人並みに空気読む能力は持ってる)ということがわかりました。

仮に自分が発達障害気味だと判明したとしても、いま(41歳)になって「発達障害だったー!!!」と騒いでもいままで過ごしてきた人生は過ぎてしまったことですし、これからどうするかのほうが大切なのでこだわるべきはそこ(点数など)ではない、とも思いました。

で、具体的にやったことー!!


2014-07-03 21.13.01
ほとんど遊んでいました


1.ドラマを(予備知識無しで)たくさん「観て」登場人物それぞれの立場になって脳内ディベート → その後いろんな掲示板やブログなどの他者の感想などを読んで比較

見たドラマは

・白い巨塔
・ファーストクラス
・半沢直樹
・ダウントン・アビー
・マーリン

などです。

主に、動いている人間(俳優さん女優さん)の表情と口調からなにかを読み取ることができるか、という確認の目的でした。

(小説だったら地の文で説明してくれることが、映画やドラマでは出演者の表情や動き、または脚本家の演出によって心理描写するんですよね。そういうことも最近気づきました)

これをやってみてわかったのは、自分は平均ぐらいに察する能力はあるということでした。根拠は、自分の考えたそれぞれの登場人物の心情や、行動原理みたいなものの解釈が大きく他の人と外れてはいなかったからです。ということは自分は普通なんだな、と安心しました。それと同時に、人によって微妙に違う解釈があるものだなぁ!と、興味深く掲示板などを眺めて楽しい時間を過ごしました。

ただし、対象に興味があり、発話者の言葉と表情にしっかり注意を向けている時限定です。だから、日常生活では見てない聴いてない、ってことが多々あります。

不運として流せばいいこと - なんかのたまご 2014/06/05 Thu. 21:08 に書いたことは単に興味が薄かったから見逃していただけなのだろう、という結論。



2.近所の酒屋兼雑貨屋さんみたいなところでおじいちゃんおばあちゃんとちょくちょく会ってみる

徒歩一分みたいな場所に酒屋があるのですが、そこにはこの町内のおじいちゃんおばあちゃんがたむろしていることが多いので、そこへ通いました。

そして、それぞれの会話の断片から、背景を想像して当たっているかどうかそれとなく確かめる、みたいなことをちょこちょこっと。

結果、わかったことは

・自分は色恋沙汰には鈍い (じいちゃんばあちゃんの世界にもいろいろあるのだそうです)
・言語、まして文字だけがコミニュケーションではない、と実感
・心理学で言う単純接触効果は本当だということ
・笑顔、こちらの雰囲気、態度、相手の目を見る、などによって年代の違う人とでも打ち解けることはできるということ

単純接触効果については、一概には言えないという記事もありましたのでご興味のある方はどうぞ。 → 【朝礼ネタ】ザイアンスの法則(単純接触効果)とは? ~過信すると危険!?~



3.夫の出勤時、帰宅時に様子を観察&察して適切な対応をする

これ、やってみるぜーと思った日の翌日ぐらいに大げんかしたり自分の機嫌が悪かったり眠かったりして、途中から忘れていました。

やっぱり夫というのは自分にとって一番身近なひとなので油断しているなぁとよくわかりました。そこで、悪かった、と思ったらすぐにメールでもなんでもいいから「ごめんなさい」と謝ることにしました。

そしたら夫からも「こちらこそごめんなさい」なんて返事がかえってくることが重なって、結果的に穏やかに暮らしています。



■結論

こんなことをやってみて、思ったこと。
箇条書きにします。

・洞察力というのは経験によって上がっていくものでもあるけれど、そもそも対象に興味が無い場合は発揮しようがない。
・「観察」と「興味」はとても大切な要素であるということ。
・イヤで仕方がない、だとか、どうでもいい(興味が無い)ことに関して洞察力を発揮できなかったからといって自分を責める必要なし。
・他人の色恋に鈍くても別に生活に支障はない。
・時には「何もしないでいることが何かをしていることになる」ということ。

つまり、このままでオッケーと思った、という展開になりました。


2014-07-10 13.59.14
ということです


そうそう、むか~し読んだ曾野綾子のエッセイにこんなのがありました。

うろ覚えなのですが、

「うちの子の友だちが遊びに来るとき、女の子の場合は細かいところを観察するからなんだか気詰まりだったり緊張するけれど、男の子がドヤドヤと遊びに来た時は気楽。なぜなら、障子が破れたままで補修していないだとか、家や庭の手入れが行き届いていないことなど眼中にないから」

こんな意味のことを言っていたご婦人がいらっしゃったそうです。

これを思い出したきっかけは、先日ねーおもしろいほど露骨な女性に出会ったからなんですよ。

とある店舗の前をスーッと横切ったら、暇そうにレジ前に佇んでいた店員さんが通りかかる人物を頭の天辺から脚の先まで舐めるようにして見ているのがわかったのです。視線があまりにもあからさまなので鈍いわたしにもわかるほど値踏みしている。

で、わたし自身がそこを通ったときにも値踏みされてるんだなぁという気持ちになりましたよ。すっごくジロジロ上から下まで見るのですが、目の動きは素早いです。多分ご本人は誰にも気づかれていないと思っているか、もしくは無意識の行動なのでしょうが、わたしはそこを通るのをやめました。

見られている方は案外気づきますね。わたしレベルでも気づくのですから視線というのは多くを語っているということなのでしょう。きっと。

その店員さんを責める気持ちは無いのですが、見苦しいといえば見苦しいと思います。


2014-04-11 19.50.41
自分の視線の行く先は自分で選べる


そして、観察しようという意欲とか対象、みたいなものは個人差があるのだということもよくわかります。

たとえばわたしは他人の着ている洋服も髪型もアクセサリーも覚えていないのですが、もしこれから知り合う方がいちいち洋服と髪型とアクセサリーの話ばかりする相手だったとして、たぶんそういうひととは遅かれ早かれ友だちでは居られなくなって離れると思うんですよね。(たぶん相手が離れていっちゃう)

かといって、さすがに

顔なんてついてりゃいい。
服なんて着てりゃいいい。

みたいなのも極端すぎると思うので、ちょうどいいところに落ち着けるように、自分が心地よく楽しいところに着地出来るように、と、外見(ファッション)についても考え始めました。

ちょうどカワイイもの好きの夫が「このシャツどう思うー?」と、(わたしには)ほぼ同じ柄にみえる花柄のシャツをわたしに見せてきたのでね!!


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