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旧 なんかのたまご

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エネルギー漏れを起こしていることについて / 叶え力 第四回:つまづいた時の対処法


「叶え力」の配信が来たのでさきほどiTunesにとりこんでバーっと聴いていました。

そしたら「これは!」と思う部分がありましたよ。

そもそもなにかを「やりたい!」「ほしい!」と思う以前に自分がエネルギー漏れを起こしていること。そのことでぐるぐるしていることについてです。

具体的には自分の名前、出自、学歴、みたいなものがすべて特定の宗教団体に紐付いてしまうため、なにかの拍子にふと「わたしの名前は親がつけてくれたものではないのだ」とか「履歴書を書く=その団体に属しているとわかってしまうから社会で立ちまわるときにとても面倒だ」みたいなことです。

これについては小学生ぐらいからずーっと葛藤してきたことなのでいまさら感がハンパないのですが、それでも現実問題として、この年齢になっても立ちはだかってきます。

履歴書を提出したとき、たまたまその教団のひとが面接をしてくれた場合は好意的です。でも、その教団のことを嫌いなひとからは、あなた○○のひとなの?的な態度を取られる場合もあります。こういう些細なことで何度かアルバイトなどの面接で嫌な思いをした、という記憶が強すぎて、じゃあどうしたらいいのよ!という気持ちがあります。

あと、相手がその教団に対してどういう認識を持っているか、ということを探り探り会話しなくてはならないというのがとても面倒でした。そういうの苦手なのです。(だから、ヒントを得たいと思ってユーゴスラビアの内紛や東ヨーロッパのフォークロアなどに興味を持ったのだと思います)

厄介なのは、わたし自身が従順にその団体の活動をしてきたのだけど、心の中ではとてもそれを嫌っていて、それを誰にも悟られないように隠したままその手の大学に進んでしまったことです。まあ、過去のことは言っても仕方がないのでそれはそれ、ってことですが、最終学歴にその学校の名前を書かざるをえないということはやはりなにかをするときにいちいちくっついてくる面倒な問題であり、その団体の集会への誘いとして同じ年代の信者の方々が定期的に自分の家に訪れる、というのは現実なのです。引っ越してもこれは変わりません。きょうだいも同じ教団なので、そこから完全に離れることは余程の覚悟が必要だと感じています。

名前も同様。

親からもらった名前?祖父が付けてくれた名前?はー?なにそれ。超羨ましすぎるわ!わたしなんかねーー(以下、教祖的な存在に名前を付けられてそれを一生名乗っていくのだということについての個人的な恨みつらみ思考が続きます)。

というわけで、こういうことに延々と時間を割くのはバカバカしいとわかっていてもいまだにそのことを考えてしまう、というのはどうしたらいいんでしょ。ということに直面しています。

で、叶え力に話を戻すと、こういうことに時間やエネルギーを使うこと。つまり、原因探しに多くの時間を割くことは避けたいものです。ということでした。

これは自分自身も同じことをずーっと思っています。

というか、20代のころはじめにかかった医者も、同じことを言っていました。

だからもうそのことについていちいち考えるのはやめたいです。

そこで改めて考えてみました。音声で言われていることのなかに、こういう部分があります。

「その問題に関して、最悪な状態とはなにか?」という質問です。

これを文章化してみてあれっ?と思いました。わたしの中での最悪の筋書きはこうです。

「60歳の自分。夫は糖尿病の合併症で失明。脚も切断。透析に通う日々。会社などとうの昔に辞めている。生活保護を受けるのは難しい。子供は居ない。そして、わたしの両親も夫の両親も他界している。3人のきょうだいはそれぞれ家庭を持っているうえに、親が熱心に信仰していた宗教を軽んじた姉、ということで冷遇されているため近づくことも頼ることもできない。親戚からはその信仰をしていた家、ということで疎遠だったため、いまさら手紙などを出すのはわざとらしい感じがする。自分でも潔くない気がする。そもそもわたしの名はその教祖が付けたのだ。では、自分はどうやって生計を立てるのか。二人分の生活費をひとりで稼げるのか。精神的な拠り所はなんなんのか?別の宗教団体や、既成の信念体系を拠り所にする、というのはおそらく自己矛盾に耐えられないだろうから拒否し続けるのだろう。かと言って無頼を貫くほどタフでないことは自分が一番よく知っている。でも、きっと、揺らぐ瞬間が来る。疑問を抱きながらも生まれた時から入っていた教団の中でおとなしくおさまっていればいまごろ最低限の生活は保証されたのに、などと女々しく考える時がくる。そうなったとき、自分はどうするのか?土下座してでもきょうだいにナンチャラカンチャラしてくださいと頼むのか?もしそういう手段でいっとき安穏な生活を得たとして、自分で自分を許せないのではないのか。もしかしたらその行為によって自分の人生は無駄だったとか存在意義はなくなっただとかゴチャゴチャ考えていよいよ死のうとするのではないか。そんなふうになってしまうのなら今すぐにでもさっさと教団にもどったほうが楽なのではないのか。いや、それはできない。無理すぎる。そんなことをしたらそれこそストレスで死ぬ。そもそもこの問題について30年以上も苦しんでいること自体、いったいなんなの?よほど前世に悪いことでもしたのか?いや、そこまで悲惨な人生ではない。両親のことは大好きなのだし、良いことだってたくさんあった。でも、でも……(以下ループ)」

こういうことは、自動思考的にずーっと頭を巡っていることです。

でも、分解してみると意外と最悪でもないんですよね。

そもそも、夫が失明する、脚を切断する、と、決めつけていることがおかしい。とわかります。彼にはは糖尿病食だけ食べてもらうことに決めたので、あとは本人の自覚がしっかりしていればそんなにひどいことにはならないのでしょう。たぶん。仮に本人の不摂生で将来どうしようもなくなったとしても、未来のことを今心配しても仕方がありません。

で、変えようのないことである、自分の名付け親がナンタラカンタラ~ということについては、気にしなければ終わり、身近なひとと比べなければ終わり、と言ってしまえばそれまでなのですよ。自分の名前を付けたのが気に入らない人物だからという理由でいちいち腐っていたら、民族紛争や宗教問題に翻弄された人々は全員無気力でうつ状態になっているはずですがそんなことは現実にはないわけで、結局はわたしの捉え方の問題なのだなという気がしてきます。

親戚やきょうだいがどうのこうの、というのも、自分が頭を下げたくないもんだからうだうだ考えているのだなと分かりますし、そういう状況になると確定したわけでもない。もっと言ってしまえば信仰はしないけど両親とは仲良しで表向きは笑って接するという選択肢もあるわけで、それを実行している身内がいて、おそらくかれらにはそれなりの葛藤があるだろうに、自分だけが苦しんでいるみたいに被害者ぶっている自分、という見方もできるのです。

というわけで、自分の考えている「最悪」とは本当に「最悪」なのか?

という問いに対しては、

「まあ、気に入っちゃいないけど、最悪ってほどではないですね~」

ということになります。

そして、変えようがないという部分。(自分の名前)については、しょうがないですし、どうしても変えたいのならば強引に変えることは不可能ではないのでしょう。でも、いまさら役所に訴えて改名したいと本気で思ったりはしないので、たぶん問題はそこではないのでしょう。

と、ここまで考えて、やっぱりこういう文章をウダウダとブログに書いていること自体がエネルギーの浪費だな、と思いました。

変えられないことは受け入れる、とか、天に任せる、というのはワタナベさんの音声にも出てきますし、自力整体の矢上氏も実演の合間に「天に任せる」と、そのまんまの台詞を言います。

「天に任せる」という言い回しはいいですね。宗教団体について思いを巡らせるとパニックを起こすタイプの人間でも、ぎりぎり受け入れられる言い回しです。お天道さまに顔向け出来ないようなことはしない、とか、そんな昔からの道徳のような範疇に収まっている印象を受ける言い方である為、このめんどくさいわたしのゴチャゴチャした心にも馴染むのです。

あ、あとひとつ。

インターネットのおかげで自分だけがこういうことで悩んでいるのではないということを知ることができて、それはほんとうに良かったと思っています。、そして、その団体で育ったおかげでどうなったか、ということを具体的に綴っているブログなど、いくつか見かけましたが、わたしはその方々と直接意見交換などすることは選択肢に入っていません。自分でもそのことについて掘り下げるつもりはないです。

対処法は人それぞれですが、全部よし、と思います。そのひとそのひとが一番納得する落とし所にもっていければオッケー、と。

わたしはわたしで自分が一番楽チンで愉しい道を見つけたいな、と思います。


2014-05-04 22.34.15
こういうのを構えるときユーゴスラビア紛争のことを思い出します

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