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旧 なんかのたまご

無限ノート

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扉を開いたその後


メガネを探すためのメガネ、服を買いに行くための服 2014/05/25 Sun. 20:41

を書いた直後に、大切なことをひとつ書き忘れたことに気づきました。

アイテムとしての「服がない」よりも「そもそも問題に取り組む気力がない」のウエイトが大きい場合は無理をする必要はないと思います。無責任かもしれませんが、気力がないなら可能な限り全力で周りに迷惑をかけまくって飽きるまでサボってしまえー、と思います。

手に入れたあとはそれはもう自分のアイテムなのだから、大いに活用して、どうにか望む方向に行くしか無い。そう思います。


これは実際に自分にそういう時期があり、寝たきりで何年も腐っていたり、周りの人にものすごい迷惑もかけたのですが、迷惑をかけまくった挙句に自力でできる部分は自力でなんとかして、その後どうなったか。

自分の行動の責任は最終的には自分でとる。

そういうことになりました。

「責任」なんて言葉を出すと負担のかかることを強いられているような印象を受けるかもしれませんが、そういうのとはちょっと違います。

自分から、そのとき世話になったひとに対してお礼をしたいという気持ちが自然に湧いて新しく関係を組み直すこともありますし、その場所に自分の身を置いたり精神的な拠り所とすることは潔くないと判断して少し距離を置くという選択をしたり、いろいろです。

で、それによってすべての人から総スカンを食うかというとそうでもないのですよ。

むしろ、迷惑かけてでも生きていてくれて良かった。あなたが元気になって良かった。みたいに言ってもらえることが多くて、当時のことを笑い合うような場面も経験して拍子抜けするような気持ちになったこともありました。

ただし、外から救世主的なやり方で「助けに来たよ」みたいな人は去っていきました。

そのときその助けを受け入れてそのひとの言うままに寄りかかることもできました。それはそれで良かったのでしょうが、なぜか自分はそうしませんでした。

もしかすると、自力で鍵を見つけて最後の扉を開けたことにならないと薄々わかっていたからなのかもしれません。

そして、扉を開けても次の課題はやってきます。生きている限り誰もがそうなんだなぁということもわかってきました。夫もそうですし、両親や義父母もきょうだいもそうなのでした。

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