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旧 なんかのたまご

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メガネを探すためのメガネ、服を買いに行くための服

「服を買いに行く服がない」というネットスラングがありますよね。

先日タイムラインを眺めているときにそれに絡めて、文化的資質や勉強の仕方やお金の使い方、コミュ力などについても同じようなことが言えるのではないか、そしてこれは深刻な問題だ、というような主旨の発言(ブログかなにかの記事を受けたコメントだったかも)を見かけました。

それからしばらく経ったきょう。わたしは起床時にいつもと違う場所にメガネを置いていて、久々にメガネを探すためのメガネを手探りで取り出して「メガネメガネ」というのをリアルでやったのですが、もしメガネを探すためのメガネが無かったらほんとうに見つからないような場所においてありました。というか、メガネのような細っこい物体はどこに置いてあろうと背景と同化してしまって見つからないのです。


2014-05-25 18.56.41
メガネメガネ……


このとき「服を買いに行く服がない問題」のことを思い出して、思いを巡らせていました。

幼い頃からの環境というのはとても大きい、ということについても。こういうのは程度や分野の差こそあれ、誰にでもあるんだろうな、と思います。

その最初のとっかかりになるもの。今朝のわたしにとっての「メガネを探すためのメガネ」みたいな存在っていうのは大切だな、とも。

いろいろ振り返ってわたしが思うのは、メガネを探すためのメガネ、服を買いに行くための服、は自分で見つけて手に入れるしか無い場合が多い、ということです。わたしは20代後半~30代後半ぐらいの10年ぐらい、自分の人生がめちゃくちゃであると感じることを育った環境のせいにしてきたのですが、結局それを言い続けても解決への道は見つかりませんでした。そして、自分の人生がめちゃくちゃで悲惨なものであるという認識そのものが事実と違うのではないかと疑いはじめるまでに長い年月がかかりました。

(これは「育った環境のせいにするな」と言っているのではなくて、「最終的な解決には至らないと思った」という話です。時期や状況によってはおもいっきり環境のせいにしまくることも必要だと思います。自分の命を守るために。そして、アイテムとしての「服がない」よりも「そもそも問題に取り組む気力がない」のウエイトが大きい場合は無理をする必要はないと思います。無責任かもしれませんが、気力がないなら可能な限り全力で周りに迷惑をかけまくって飽きるまでサボってしまえー、と思います)

だけどもし長いこと迷路をさまよい続けて「もういい加減出たい。いまなら出られるかもしれない」と思う瞬間(つまり気力が少し戻った瞬間)があったのならば、メガネを探すためのメガネや服を買いに行くための服を手に入れるのは一時的にみっともない姿を晒したとしても、どうにかして自分で手に入れるしかないと思います。

手に入れたあとはそれはもう自分のアイテムなのだから、大いに活用して、どうにか望む方向に行くしか無い。そう思います。

わたしはいま新たに、とっかかりすら見つからない問題にぶち当たっています。今朝、自力整体しながらボロボロ涙をこぼしていました。「余計なこと考えない。自分の身体の中を、閉じた目で見つめ続ける……」(by 矢上裕)とかナレーションで言われてもどうしても無理ですねん。



声楽レッスン ベルカントと「声の闘争」


ところで、この動画の最後のほうで、バーバラ・ボニーが言っています。

「最初の経験であることが肝心です」 (hope point である、と)
「教師の言うとおりに努力するだけでは何かを見失ってしまいます」
「別世界の扉を開く最後の鍵を見つけるべきです」

そして、「古代の剣闘士がついに扉にたどりつき、闘技場で死んで体が運ばれたあと、魂があの世へ旅立つようにね」

とも言っています。

最後のドアを開ける。そして鍵を見つける。

この、鍵=メガネを探すためのメガネ、という気がしてきたので、いまの自分にとっての メガネを探すためのメガネを見つけてみようぞ!という気持ちになりつつあります。

【追記】
バーバラ・ボニーのこの動画は本当に心を動かされたので何度も見ました。
そして、過去にも貼ったことがあったのでした。当時、どうしても出ることができなかった狭い湾を、いまは上空から眺めているような気持ちです。こうしてふりかえってみると今の自分がぶち当たっている(ように感じていること)も、気楽にやってりゃどうにでもなるんじゃね?って気がしてきます。

海 - なんかのたまご 2012/08/13 Mon. 13:43
もらい泣き - なんかのたまご 2012/05/14 Mon. 08:22


その後
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