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旧 なんかのたまご

無限ノート

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つべこべ言わずに高尾山へ行こう

先日はじめて夫と自分の最終的な望みが同じなのだなということを知りました。ふとした会話のなかで。

ずいぶん若いころ、宝くじが当たったらどうするか、という話をしたとき、夫もわたしも貯金にいくら回して両親になんたらかんたらして仕事は決してやめずに、その上で○○をして○○を買って……ということになったのですが、先日似たような話になったときにわたしからこう質問しました。

「○億円を手に入れた、という上限つきの棚ボタではなくて、もし、お金の存在というものをまったく意識せずに、つまり空気がなくなることを心配しないのと同じくらい当たり前に無限に湧いてくるものと考えた時、なにするー?」と。

そのとき返ってきた答えに「じゃあもしそれを全部実現し終えて、全部買い尽くしちゃって、生活費の心配もないとしたらなにするー?」とも聞いてみました。

そしたら、結局はふたりとも望みは同じなのでした。しかもそれほど特別でも大金のかかることでも努力が必要なことでもなくてごくありふれたこと。

その内容については書きませんが、では、そのふたりに一致していることを実際に行動に移せないのはなぜなのか?

ここから先は自分一人で考えました。

いまのわたしたちは、たとえるならば「高尾山に行こう」という意見は一致しているのにお互いが些末事に注目していてまったくたどり着けない状態。

夫が「車で行こうぜ!」と言えばこちらは「電車がいいわよ」と言い返し、夫が熱心に自動車の手入れや洗車をして服装やリュックサックを選んでいるのを横目で見ながら内心フン!とバカにして、わたしはわたしで電車の時刻をメモったり高尾山薬王院の歴史や由緒みたいなものを調べてみたり当日の天気を心配してみたりと、そんなことを延々やっているうちに結局高尾山へは行かないうちに週末が終わっちゃいました、みたいな状態です。

高尾山は例え話なので実際にはフラッと行くこともあるのですが、実際、こういう風にちょっと視点を変えてみると、別にどっちでもいいじゃーん、という事柄にまでわたしが譲らないからこうなっているのだろうとなんとなくわかってきました。一生に一度しか高尾山に行けないわけではないのだからつべこべ言わずに車に乗せてもらって行ってみればいいじゃん、と。

このままでは何十年も先になって夫婦そろって「そうだ!夫婦で高尾山に行くつもりだったのになにやってるんだ自分は」などと言いながら見当外れなことに人生の大半を費やしていた、なんてことになってしまうので、わたしは高尾山に行きたいのだということをしっかり覚えておこうと思います。

彼も同じ山頂を目指しているのだということも。

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