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旧 なんかのたまご

無限ノート

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通過儀礼としての「死と再生」の体験

河合隼雄氏の「グレートマザーとは何か」という文章を読んでいて唐突に思い出したのですが、わたしは大学に入ってから20代真ん中あたりまで、不自然なまでに両親のことを褒め称える癖がありました。

ほんっと、自分の親の話なんかいまここで話すべきじゃないという場面でもずーっとその話をしてしまう。一度ぐらいなら「ああー、立派なご両親なんだねぇ良かったねぇ」で終わるのですが、何度も聞かされたあいて、つまり付き合っている男性などには不審の目で見られました。

今思えば人間的に立派な父母ですごく尊敬している、とか抽象的なことを繰り返し言っていたので、虚言、というほどの印象ではないのだけど、なんとなく変だ、と相手が感じるような話しぶりだったのでしょう。自分でもおかしかったと思います。

その後、わたしは発病しました。なにを発病したのかいまでもはっきりしないのですが、たぶんカテゴリ的には境界性人格障害と呼ばれるものに一番近いものです。実際に診断書にそう書かれていたのを覚えているのですが、その後統合失調症に変わってしまいました。でもこれもただの診断名。医者のさじ加減やこちらの状態によって変わるものです。

それに、診断名は自分の名ではない、と思っているのでそれ自体がどうのこうのということはもういいのですが、この期間にいちど、死にそうになったことがあります。

自傷行為があまりに日常化していて家族も自分も、ああーまたかーという雰囲気になっていた時期です。

たしかその時は実家の2階にいました。

そして、弟がその友人を連れて2階にあがってきました。キッチンは2階でしたし、わたしが過ごしていた部屋も2階。そのときの光景をいまでも覚えています。

弟が「○○くんを連れてきたよ、一緒に信仰するって」

みたいなことを言いました。

そのとき、強烈な見捨てられ不安を感じたのでしょうか?とにかく幼い頃からわたしは両親が熱心にやっている信仰がいやでたまらないのを隠して生きていて、近所のおばさんにも、妹弟に対してもそう思っていることがバレないように調子を合わせていました。

ただ、年の離れた弟のことは、とても気が合うこと、わたしが帰省することを心待ちにしていつも慕ってくれていたことを嬉しく思っていたのでほかでもないその弟があっちがわに熱心になってしまった!とショックを受けました。

そのあと、数分間の記憶がごっそり抜けています。

覚えているのは首が切れていてTシャツ血まみれ、救急隊の人の「刃物での怪我、外頸動脈、皮下○センチ。長さ○センチ。女性。27歳。ウンタラカンタラ~」みたいな意味の無線かなにかの報告と、家族がわたしを覗きこんでいる顔です。

そのあと、女性だから傷が残ったら大変だということで、縫うのではなくてものっすごい粘着の細いテープみたいなものをみっしり隙間なく貼るという処置をされて、ごく普通に家に帰って来ました。

翌朝は、わかめの入った味噌汁を飲んでいました。ケロッとして「口開けにくいからご飯食べにくいわー」とか言いながら。

その日のことは、それで自分の中では終った出来事でした。主観的には「ああーまたやっちったー。チッ」みたいな軽い気持ち。(この時点では、家族や夫がどれだけショックを受けたか、とか、治療費はどこから出ているのか、などということには考えが及んでいません)

でも、あれから10年以上が過ぎた時、妹からこんなことを言われました。

「あのときさー、化粧してない顔を見られたから切っちゃったんでしょー。生きててよかったよねぇ」と。

は?!

ってなりましたよ。

全然ちゃうでー!っていうか、もしあれで間違えて死んじゃってたら、自殺扱いということになります。しかも理由が、情緒不安定な20代女性が、すっぴんのむくんだ顔をよその男の子に見られたショックで自殺、みたいなすごいバカバカしい話になってしまいます。

ていうか、その時期でさえ自傷行為やっちゃう自分恥ずかしい。ダセエ!と思っていたのにやりすぎて死んじゃいましたとかもっとダサい。カッコ悪い!と、黒歴史を思い出して足をバタバタさせるひとみたいになってたのですよ。

そして、かなり時間が経ってから、父から聞かされた言葉を思い出しました。

お前の首の脂肪がもう少し薄かったら冗談抜きで翌日は葬式の準備するところだったぞ、太ってて命拾いしたな、と。

それを聞くまでのわたしは、あれはただの解離状態だしー、わたしの意思じゃないしー、ある意味かまいたちに切られたようなもんだしー、などと思っていました。

でも、あと数ミリ深かった or もし痩せていたら マジで死んだかも!と実感した途端、そんな考えは吹っ飛びました。筒井康隆の小説などで腹と腰が冷えて失禁しそうになるみたいな描写を読んだとき、そんなやつ現実にはいねーよと思っていたのに自分がそうなっていました。

それ以来、テレビや映画などで血が吹き出すシーン、首に刃物などを当てられるシーンを見ることができなくなりました。

なんでかっていうと、おっかないから。

ほんとうのほんとうの本音のところでは死にたくないのです。もともと「死にたい」と誰かに言ったことはあまり無いのですが、それでも「もう死んじゃってもいいかなあ」と言ったことは数回あります。それは聞いた相手からの励ましがほしくてポロッと甘えてしまった一言なのでしょう。

でも、昔も今もとにかく死にたくない。これは一貫しています。怖いし。

そんな怖がりなわたしにとっての、擬似的な「死と再生」の体験は、父から言われた「お前の首の脂肪がもう少し薄かったら冗談抜きで翌日は葬式の準備するところだったぞ」という言葉の意味を本当に理解して、自分が死んだあとの様子をありありと想像し、ガクガク震えながらしばらくのあいだ心底怖い思いが続いたあと、生きていて良かった!と太陽の下を歩いているだけで涙が出てしまうような日常を過ごすことだったような気がします。36歳ぐらいのころ、こういう日々が続きました。

未開人のイニシエーション(成人になるための通過儀礼)に、死ぬような目に遭わせてその後復活、っていうのがありますが、内面的にはそれに似た経験というか。

そういうことがあったので、自分にとって幸せとはなにか、とか考えるまえに「とりあえず生きてる!セーフ!」みたいな感覚のほうが強いです。

でも、もう過ぎたことでもあるので、自分自身でその内的体験を「通過儀礼」と捉えることが出来たのなら、次行ってみよう~!という気持ちで生きています。


2014-04-25 18.30.00
「死も恐怖も隠しようのない現実」

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