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旧 なんかのたまご

無限ノート

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「ただ、生きていてくださいね」


「ひとと接する」というのが2013年のテーマでした。

わたしが本格的にひきこもり始めたのは30歳ぐらいのころから、いや、身体は外に出かけていても17歳ぐらいにはすでに精神的な意味では引きこもりだったかもしれません。

もっと言ってしまえば幼い頃から他人との意思の疎通が下手くそ過ぎてこの世はわたしにはどうやっても理解できないルール(しかも時と場合と相手によってルールが違う!)で動いている恐ろしい場所、という認識でおっかなびっくり生活していたような覚えがあるので、生まれた時から引きこもってたよ~ってことになるのかもしれません。

で、あるとき、わたしは衝動に突き動かされるみたいにして小説を書き始めました。何歳だか忘れましたが、ともかく書きました。書いたら当然誰かに読んでもらいたくなるので自分のサイトを作ってみたりもっと多くの人に読んでもらえる場所に掲載してもらったり、ということをしました。


その当時の主治医はそれをとても良いことだ、と言っていたのですが、はっきり言ってわたしの書いていたものは自分の心の葛藤を自分から見える半径一メートルぐらいの世界でゴニョゴニョやっているだけのようなものだったので、内容的にはチラシの裏です。

チラシの裏をお金を払った他人様に読んでいただくためにはエロ、暴力、不条理(っぽくみえる構成にする)、みたいなことをしないと作品として成立しなかったのであの当時はそういうものを書いているのだと自分でも思っていました。

しかし今思うと、それらはどれも全部同じことがやりたかったのであって、当時のわたしの目的は 「自問する→解決した"気分になる"」 ことだったのではないかと思います。すこし意地の悪い言い方をするならば、自分の無意識から湧いてくるものと対決するワタクシの様子リアルタイム中継をやって少数の誰かに理解された気になって満足していたとも言えます。でもこういうのは長くは続けられません。なぜなら自分でもうっすら、なんの解決にもならないとわかってくるから。

この「解決した"気分になる"」ってのがやっかいで、あるときバカらしさに耐えられなくなってその虚しい一人作業をやめて(肯定的な態度で理解しようと手を差し伸べてくれたひとたちとの関係を絶ってしまったところが、あの頃の自分は他者と関わる気がハナからなかったのだということをよく表しているとも思います)、ふと思いついて夫との共同生活に戻ってきたのが30代真ん中。

そこからまたじわじわと一人作業をつづけるのですが、今度は小説を書くよりも地味な作業でした。毎日風呂に入るとかたまにでいいから掃除するとか栄養バランスのまともな食事を作るとか歩くとか寝るとか、ごく当たり前の生活をただ続けることそのものに意味があるとわかってやっていた、みたいな期間がありました。レンガを積んでいるような、そんな感覚でしたがこれはこれでとても楽しい数年間でした。

でもやっぱり今思えば一人作業は一人作業。


だからこそ、考え方の違う人々との共同作業(ごく一般的な意味での「仕事」「外で働くこと」)をしなくてはわからないことがあったみたいです。これはやってみて良かったです。世の中キレイ事で動いてないのねん、とか、人ひとりの人生ってすごいんだね、とか、正しいことがいつも正しいわけじゃないのねん、とか、いろんなことを目の当たりにしたというか。

妥協することも多かったけれど、それでいいとも思いました。どうしても妥協できないならば居場所を変えるのもありだし、周りを変えようと働きかけるよりは自分が去るほうが周りも自分自身も無駄な時間を使わずに済む、とも。


そして今週に入っておもしろい発見がありました。

わたしが「共同作業」していたのは、一緒に働いている方々だけではなくて、この数年ぐらいの間に深く関わったひとびととも、結果的にはそういう部分があるのではないかということです。

数回ちょこっと会っただけ、とか、何年も顔を見ていなくてたまに連絡するだけ、とか、顔も見たこと無いけど長年タイムラインで見てる、みたいなひとたち。彼らは彼らでどういうわけかわたしの内的生活みたいなものが変化するのに呼応するように、変化しているように見えました。

まあこれは、自分のものの見方が変わったからそう感じるだけだよ、って気もしますが。


もっとすごいのは夫の変化です。

いつも一緒にいるから気が付きづらいのですが、先日、びっくりするような言葉を彼の口から聞き、わたし自身も自分で言っていて驚くような返事をしました。

これはすごい。変われば変わるもんだ。しかもこっちはなにも手出し口出ししてないのに。ふっしぎー!という感想です。

このブログに書いてきたようなことは、いま書いていることも含めて究極的にはぜんぶチラ裏日記なのですが、こうやって文章化して行動して再考して……ってやっているうちに自分に対してだけでなく世界に対して「宣言」するような感覚になるときがあります。

「宣言」したからにはこっそりメモした本物のチラ裏と違って、とりあえず動こうって気になるものです。


たぶん、このブログで強い意図をもって自分以外の人間に向かって投げかけた言葉は、

「ただ、生きていてくださいね」

の一行だけです。

だから、生きていてくださいね。


2014-04-04 10.42.05
こっちは本当の意味でチラシの裏

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