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旧 なんかのたまご

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影との戦い『ゲド戦記』 (グレートヒューマニティー 第6回:全てを愛の対象と見る)

ゲド戦記の「影との戦い」ということについて考えていました。

目が覚めて、夢の内容をメモして、そのあとです。ユングは、「影とはただ、無意識の総体なのだ」といっていて、ゲド戦記の作者であるル=グウィンもユングをよく読んだそうです。

そのゲド戦記の中に、ゲドが己の影と戦う場面があります。戦いのさなか、影は様々な過去に出会った人物の姿になるという描写があるそうです。父親だったり、大嫌いなクラスメイトだったり。

ゲド戦記は未読で、これは河合隼雄の『ファンタジーを読む』の第11章「自分自身の本当の姿を知る」の中に触れられていたため、記憶に残っています。それ以来、生活している中で誰かに対して腹を立てたり相手の欠点に意識が向いたりすると、その「影」ということについて思い出します。


2013-12-08 13.29.48
生きてるってなんだろ~生きてるってなあに~?


この話が、グレートヒューマニティーの6回目にどう関係するか、というと、愛は他者と自分を区別しない、というところです。

わたしはこの「第6回:全てを愛の対象と見る」を最初に聴いた時、途中のエーリッヒ・フロムによる定義だとか、「愛は他者と自分を区別しません」みたいなところが記憶に残っていて、そのままサラッと課題にたいする書き出しを書いてそこからは音声のことを忘れていました。

(エーリッヒ・フロムの『愛するということ』についてはもっと読んでみたいです)

「愛とは、世界全体にたいして人がどう関わるかを決定する態度、性格の方向性のことである。一人の人をほんとうに愛するとは、すべての人を愛することであり、世界を愛し、生命を愛することである。」

エーリッヒ・フロム『愛するということ』を83ツイートで読む : 八嶋聡ブログ より引用


1 愛は技術である
 愛は技術だろうか。技術だとしたら、知識と努力が必要だ。それとも、愛は一つの快感であり、それを経験するかどうかは運の問題で、運がよければそこに「落ちる」ようなものだろうか。この小さな本は、愛は技術であるという前者の前提のうえに立っている。しかし、今日の人びとの大半は、後者のほうを信じているにちがいない。

『愛するということ』エーリッヒ・フロム より引用




今朝になってふたたび思い出したことが有ります。

上記の、他者と自分を区別しない、という部分。

先日、『境界性人格障害(BPD)のすべて』という本の内容に触れたことがありますが、わたしはあれを部分的にしか読んでいません。なぜ手元に持っているかというと、自分がその人格障害であると知っているからです。

その、境界性人格障害の特徴のひとつに、他者と自分の境界線が曖昧である、というのがあります。

他者は自分とは違った感情、思想、信条を持った独立した個人であることがなかなか理解できず「このひとは自分の気持ちをわかってくれない。理解してくれない」と感じてしまうと一気に感情が不安定になるのです。逆に「この相手はまるで自分の理想を体現しているかのような素晴らしい人物で、考え方も一緒だ!」と思い込んでしまいやすい面もあり、極端なのです。

ほかのことに関してもいちいち極端で、真ん中らへんの程よい加減を保つことが苦手、ということでずいぶんと大変な思いをしたような気がします。

これは、夫に対する攻撃という形で表れることが多かったように思います。それ以外の人からは、あなたがそういう病気だなんてとても信じられない、と言われることがあり、自分でも良くわからないのでした。

でも、かえってそこがやっかいなのです。明らかに病気という雰囲気ではないから自覚するのがむつかしい、というか。

そして、一番まずいのが外に攻撃しない時。

自分を攻撃します。誰にも迷惑かけてないからいいじゃん、というわけにはいかなくて、自分を大切にしない(自分を愛さない)ということは身近なひとにものすごく心配をかけているし迷惑もかけているのでした。

結果、平和に暮らすことは難しくなり、誰も得をしないのです。



こういうことをつらつら思い出していて、あれ?と思いました。


1.「他者と自分の境目が曖昧で生活に支障が出ている」



2.「他者と自分の区別をはっきりさせるトレーニング(個を確立 / 己を知る)」 



3.「他者と自分を区別しない、という愛のちからを鍛える」



って、面白いルートだな、と思ったのです。

とっくの昔に2.の部分はクリアしていても良さそうなものなのに、今でも2.に取り組むわたしですが、まあそれもいいかなーという気持ち。

順序が逆になったりするのも面白いじゃあないか、太宰だって最初に出した本が「晩年」だし、星新一も、「死刑を楽しく」というタイトルで『進化した猿たち』の第一章を始めている。別に変わったことじゃない。そんな感じです。


毎日毎日、影は姿を変えてわたしの前に現れます。ほんとうにゲド戦記の描写に似ていて、その姿は母の姿になったり、小学校時代の先生、同僚の誰か……と、同じ姿でいることは一日としてなくて、そういう戦いは全て心の中で起こっています。

ただ、心のなかで起きていること=目に見えない、とも言い切れない感じなのです。

なにか、影(わたしの場合は他者に対する批判的な気持ち、優越感、選良意識、度を超えた奉仕精神、過剰なまでの自己卑下、として自覚されることが多い)の存在に気づいた時、すぐに行動による修正みたいなことをするクセがつきました。

それは、相手に対する言葉かけだったり、手紙だったり、逆に、なにかを中止して様子をみることを意識的に選択したり……と、ちょっとした小さなことばかりですが、やるとやらないとでは全然違います。

人間関係と生活全体が目に見えて楽になっているのがわかるのです。


こうやって、日々を過ごしているのですが、まだ40代。

これから先、もしかすると

4.「世界全体と自分を隔てない。自分を愛し、他者(植物や動物、無生物含む)も愛する」

みたいなことを意識して生きていくようになるのかもしれない、と思いました。まだ、そうだったらいいなぁ、て感じですが。無理は禁物なのでゆる~く気長にいきます。


2013-12-10 07.51.43
軒下園芸家にとっては厳しい季節


まあ、出来ても出来なくても、ともかくごはんは美味しいし、毎日面白いことがいっぱいあるし、なんだかんだ言って楽しいです。

なにが楽しいって、こういう風にいろいろな発見をして、新しい職場で新しい仕事を覚えている、ということが楽しいです。

ちゅーわけで、今日も丁寧に、楽しく、行ってみるっす。







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コメント

おひさしぶりです。
グレートヒューマニティー発売したら、申し込もうかと思い、ブログ記事参考にさせていただきました。

園芸楽しそうですね。
観葉植物が家の中にあるって、いいですね^^
私の地域はすっかり雪景色で、ブログのゴールデン街道やぽかぽかしている感じの写真に、いつも癒されています。

素敵な写真をいつも、ありがとうございます^^
また、記事もほんと、読みやすくて、たくさん読書されている方なので興味深くって、ブログ訪問が楽しみの1つです。

よい一日と楽しい週初めを持って下さいね。
では、いつも突然訪問して失礼しています。

おもち #- | URL | 2013/12/10 14:42 | edit

こんにちは!

おもちさん!こんにちは!

わたしも昨日?かな?おもちさんのブログへ行き、取り組みの様子と、普段の記事をまとめ読み師にお邪魔していました。

グレートヒューマニティー、美人のライフクオリティのあとに取り組むと、下地ができた上で取り組める感じがしてすごくイイです。

わたしはおもちさんの取り組みにも、コメントにも、とても励まされています。

書き出しや行動そのものは、ひとりで取り組むのだけど、決して一人ではない、と思うからです。

そちらではもう雪景色なのですね。季節の移り変わりに目を向ける余裕すらなかった自分が、こうしてゴールデン街道を歩いています。

それをリアルタイムで知っていてくださる方がいる、というだけで勇気が出ます。

おもちさんも、素敵な一週間をおすごしくださいね。わたしも、楽しく行きます。ありがとう!

カタリナ #- | URL | 2013/12/11 13:09 | edit

おもちさん、昨日はありがとうございます。

わたし、なにか勘違いをしていて別のおもちさん?のブログをおもちさんだと思ってコメントの返事を書いていました。
いま、
>グレートヒューマニティー発売したら、申し込もうかと思い
というところで勘違いに気づきました。

失礼いたしましたーごめんなさい。

おもちさんは、コメントでわたしのために祈ってくださったことがありましたね。あのとき、なんでそんなに苦しかったのかさっぱり思い出せないのですが、わたしにとってこうやってブログやらTwitterやらで文章をダーッと書き連ねていくことは、多くの女性にとってのお喋りによるストレス発散と同じような効果を発揮してくれているらしくて、とても楽です。

それだけでなく、こうやって、誰かが読んでくださっているのだなぁと、改めて嬉しく思いました。

ゲド戦記とグレートヒューマニティーを絡めて考えていたときは、あくまでひとりでの戦いなのだ、と、ちょっと肩にちからが入っていたかもしれません。たしかに、ひとりでの戦いであること自体は変わらないけど、それぞれがそれぞれのタイミングで共通のテーマに向かっている。いまだって、リアルタイムにどこかで、だれかが。

そう思うと、まるで自分が大きないちょうの木からワーッと世界に飛び出していくギンナンになったような、そんな気持ちですがして、楽しいです。

わたしたちみんな、なんかの「種」とも言えますね。

カタリナ #- | URL | 2013/12/12 10:36 | edit

はい、確かに以前コメントで祈ったおもちです^^

はい、そうですね。一人の戦いと抱え込む気持ち、よくわかります。きっと生きている人、生きているってことはそのようなことかと思います。解決できるのは、まさに答えを持っている自分ですし、人生のハンドルは自分以外の人や物に渡してしまうと、苦しいですから。

音声プログラムや美人になる方法でもよく書かれていますよね。

私も問題ありますが、問題を問題と騒がなくなって書き出しワークのおかげで、モノの考え方がニュートラルになりつつあるのか、
楽になりました。

でも、周りの人にはこれらのことは話していなくて、カタリナさんのブログでのとり組みに非常に励まされています!!

無理なく、ゆったり生きましょう!

おもち #- | URL | 2013/12/12 13:47 | edit

ですね!

無理なく、ゆっくり、かぁ。

わたしもこのブログに書いてるようなことは別のところでは話題に出すことがなくて、きっとみんなそれぞれそうなんだろうなと思うようになりました。

ただ、口に出すか出さないか、文字で書くか書かないか、公開するかしないか、の違いだけで。

それにしても、音声プログラムや書き出しワークに取り組むっていうのは毎度毎度新しい発見があって楽しいですね。このおもしろさをそうだよね~みたいに言い合えるひとがいると楽しさ倍増って気がします。

だから、おもちさん、ありがとう。(´∀`*)ウフフ

カタリナ #- | URL | 2013/12/15 04:20 | edit

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