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旧 なんかのたまご

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飲酒喫煙に対するパラダイム

禁酒のすぐあとに、禁煙もはじめました。精神力が要らない禁煙法。ラクです。

起きた瞬間から体が軽くて肺も息を吸い込みやすい感じがして、気分が良いので、出勤前ですがパソコン開いちゃいました。

アレン・カーの禁煙セラピーと禁酒セラピーは、読む人によっては拒絶反応出ちゃうみたいですが、自分から積極的に洗脳されてみようっていう気持ちで読むとほんとうに洗脳されてしまって、

・禁煙はすっごく簡単である
・禁煙は楽しい
・禁煙の離脱症状は気づかないほど軽い
・やめたと自分が思った瞬間からノンスモーカーである

みたいな暗示がかってくれて、わたしには向いていました。


2013-07-28 12.17.02
どんどん身軽になっていく喜び


毎日飲んでいたお酒を1滴も飲まなかった初日は自分のほんとうの感情と向き合わなくてはならなくて、強烈に「寂しい」という気持ちを味わいつくしました。

禁煙し始めてからは、手元が寂しいだとかなんとなく空虚感がある、というのが自覚している症状ですが、程度は軽くて、背中が痒いけど意識しなければ忘れてしまうな、みたいな弱い感覚です。

だから夫は相変わらず飲酒喫煙していても、それを目の前で見ていても、以前のような葛藤やイライラで苦しむことがなくてとても幸せです。

先日、浅倉美弥コーチに禁酒に至った経緯を書いたメールを読み返すと、わたしの中で大きなパラダイム転換が起きたのだな、ということがよくわかります。



『2013年7月22日 21:39

浅倉美弥さま

こんばんは!

お酒、禁酒セラピーという本をノートを取りながら読みました。

そして、本を読み終わる頃にじっくり味わって飲んでみました。心が平静な時を選んで、つまみも、音楽も、本も、何もなしでです。

正座して、まるで茶道でお茶をいただくみたいな儀式感覚でした。

いままで喉越しで無意識に数杯を飲み干していたビールを「この液体は本当に美味しいのか?」と、口の中と舌でゆっくり味わったら、それはホップの苦味と麦の豊かな風味がするのが美味しいのであって、最後に一瞬鼻をつくアルコールの臭いは決して美味ではないと思いました。

そして、お水がとても美味しいことと、麦茶が大好きなことに気づきました。

それに、わたしはそこそこお酒に強い体質だと思っていましたけど、集中して少量をゆっくり飲んでみたときは、自分の体にアルコールがまわって少し酔ったのがわかりました。

今まではなにか他のことに意識が行っていたり人と話したりしていたので酔いの感覚に気づく前にジョッキを飲み干して次の一杯を注文するか、缶のプルタブをあけていました。まるで飢えたように、です。

酔いの感覚は嫌いではなかったけど、そうやって五感を麻痺させてさらに杯を重ねれば、一時的には楽しかったとしても少しずつ判断力を失い、気付いたら何杯も飲んで眠りの質と気分の良い翌朝のスタートを犠牲にしてしまいます。

このままの習慣を続ければ運が良かったとしても老化が早まるか、血液検査で引っかかるか、というところだと思います。運が悪ければアルコール依存症。それはもう、嫌というほど自覚していたのですが、自分を責めたり、お酒のデメリットばかりに目を向けていたときはわかっていてもなかなかやめることができませんでした。

逆に、メリットに目を向けたらあんまりないのです。メリットが。美味しいという幻想が崩れてしまったら、人間関係の潤滑油云々だとか、夫にすすめられるからなんてのは体のいい言い訳で、しかも一人の時に飲む理由が見当たらない。

その日以来、帰宅時などに一杯飲みたいなという気持ちが起こったとき

「なぜわたしはお酒にお金と時間を使いたいと感じているのか?それは音楽や読書やヨガなどよりも自分に喜びをもたらすのか?そもそも今の自分は身体と脳を麻痺させなくてはやっていけないような辛い生活をしているのか?いや、ぜんぜん逆でしょ、もともと幸せなのにせっかくの良い気分をわざわざ惰性の習慣で台無しにしてるでしょ?それって楽しいか?本当に望んでいるのか?楽しくないのになぜ楽しいだの美味しいだの言っていたの?だれに気を使っているの?それともなにか嘘をつかなければいけない理由でもあるのか?生まれて初めてビールを飲んだ時から心底美味しいと思って飲んでいたのか?違うよね。はっきり言って水とかお茶のほうが美味しいよね。それでも飲みたければ買えばいい。正直な気持ちはどっちですか?」

と自問する癖がついて、麦茶を一本買って帰ったら(というか、何も買わなくても)どれだけ素晴らしい夜を過ごせるか、どれだけ気分よく眠りにつけるかとわかった日は嬉しくてたまりませんでした。

そして、翌朝のスタートは清々しくきっと自分のことをもっと好きになる。と、買わないで帰るのが普通になりました。

だから、ナナコカードが財布に入っていてもいなくても、関係なくなりました。コンビニだろうがスーパーだろうが、葛藤せずにほんとうに必要なものだけを買って帰宅することができます。

自由を手に入れた、という気分です。この動機づけは気に入りました。習慣にしていきたいです。

お酒の問題だけでなく、ほかにもこういうふうに自分が無意識にやっていたこと、当たり前だと信じ込んでいたことがガラガラーっと崩れて、あとに残るのはシンプルな、自分にとっての真実ばかりなのではないかという気がします

きっと引越しについても同じことが言えるのだと思います。

長くなってしまいました。(笑)

明日のセッション楽しみにしていまーす!

おやすみなさいです!!(^^)』




2013-07-29 05.31.39
パラっと開いてみたら面白いこと書いてあるじゃーん


パラダイムの転換、についてはコヴィー博士の第3の案の冒頭に良い例が紹介されています。

ヨーロッパの人間がアメリカに移住したとき、トマトの葉には読があるから実にも毒があると思って長いこと食べなかった。やがて深刻なビタミン不足による壊血病が蔓延した。庭には観賞用のトマト。誰もその赤いトマトがビタミン豊富な治療薬だと気づかなかった、百年ののち、パラダイムの転換が起こって食べるようになり、今ではトマトはごく普通の野菜ラインナップに入っている。

みたいな話です。

ここでわたしが問題にしているのは「私個人にとってのパラダイム」ですので、他人に禁酒禁煙をすすめるようなことはないのですが、ただひとつ、確かなことは自分が本心から望んでいるのは今のような健康な体の状態だということです。

走れる体、踊れる体、歌える体。

昨年のいつか、そんなことを書いた気がしますが、酒タバコだけはなかなかやめられなくてウンウンうなっている感じでした。

が、今回はタイミングが良かったのか、踏切台使って一気に飛び越えた感があります。でも、きっと昨年からの取り組みの蓄積も大きいのだと思います。

せっかく手に入れた解放感、大切にして、このままの生活を続けて行きます。(宣言)

【過去記事】
美人になる方法 第9回 : やめるチカラ - なんかのたまご 2012/11/15 Thu. 09:17
やめるチカラ(再)2013/02/02 Sat. 02:53
あえて悲観的に考えてみた 2013/02/18 Mon. 09:33

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