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旧 なんかのたまご

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「言葉を知ると内容まで知ったと思う悪癖のこと」

きだみのる著『気違い部落周游紀行』の中に、タイトルの通りの節があります。

ルヌーヴィエは既に賢くも指摘している。「人は事物の名を知ると、その名に依って表される内容の全体を知ったかのように思い込むものである」と。

と。

誕生日に父から電話をもらって、ものすごく嬉しい気持ちですごしたあと、きょうになって久しぶりに夫が家に居る休日の夕方になって、あらためて思いました。

いったい父とは、母とは、夫とは、なに?どういうもの?みたいなことです。

困惑しているだとかわからなくなった、という話ではなく、父と会話していてとても楽しかったものですから、不思議に思ったのです。

もう一年半ほど8ヶ月ぐらい顔を見ていない両親ですが、なんだか別の人と話しているような?というより、自分のものの捉え方や他人との関わり方が少し変わりつつあるのではないか、という気がしました。


2013-03-29 10.00.22
まさかじゃがいもの育て方の話で盛り上がる日がくるとは思ってもいませんでした


それと同じく、夫に対しても同じようなことを思いました。

朝から思う存分のんびりアニメ見てご飯食べて冗談言って笑い合っているうちにいつの間にか彼のほうが寝てしまって、わたしは一人でなにか好きな事をしている、みたいな昔からよくあるパターンの休日ですが、その夫のことをふと見ていたら、この人とはずいぶん長く一緒にいるけどまだ知らないことだらけだし、不思議な存在だなぁと、思いました。

きだみのる氏の著書の中ではこのあと

「昔から使い慣れた日本人という文字に就てもこの種の錯覚に陥ってはいないか。」

と結ばれていますが、そうだよなぁ、という気持ちにもなりました。

まあ、そんなことを小難しく考えなくても楽しいのでいいのですが、こういうことを掘り下げたり考えることが好きであるというのも事実なので、いろんなことを連想して楽しんでいます。


2013-03-30 17.53.15
本名・山田吉彦 1895(明治28)年1月11日 - 1975(昭和50)年7月25日鹿児島県奄美大島出身の小説家、翻訳者


きだみのる氏はもともと旅行好きでほとんど日本に定住しておらず、放浪癖があったそうです。ファーブル昆虫記の翻訳者として知られているようです。しかし、日本が敗戦して、しばらくは日本に留まらざるを得なくなった。そこで、グザヴィエ・ドゥ・メェストルに倣うことにした。

グザヴィエ・ドゥ・メェストル、というひとは、大昔のフランスの騎士だそうです。

禁じられていた決闘を行った結果、閉門(謹慎みたいなものですかね、文字通り自宅にいなくてはならなかったのでしょう)に処せられた時、住み慣れて何もかも知っていると思っていた自室を、改めて詳細に観察し『居室周游紀行』という文章を残したそうです。

きだみのる氏も、いまの条件においてなにができるか?と考え、日本のなかの小さな村のなかのさらに小さな部落、を詳細に観察することにしたようです。

世界ナンタラ、だとか、宇宙ナンタラ、みたいにマクロ視点で大きく物事を見るのも面白いけれど、こういうふうに小さな小さなことに目を留めて観察し尽くす、ということもとても面白いものだという気持ちになりました。(まだ後半はななめ読みなので全部を熟読してはいないですが、そう思いました)

そこから派生して、清水義範の『蕎麦ときしめん』を思い出して、また読んでみようとも思いました。蕎麦ときしめんのほうは、「世界から見た日本」は「日本からみた名古屋」という構造になっていて、これは架空の鈴木なんとかという方の論文という体裁をとっていますが、小説であって、とても面白く、笑える話です。

2冊とも、ユーモアたっぷりに日本人論を展開している、というところが共通点でしょうか。趣はだいぶ違いますが。

きだみのる 「気違い部落周游紀行」 1~11 - YouTube

この本の最初のほうを音読しましたが、非常に面白く、この著者自身にも興味がわいて他の本にも手を出したい気持ちになりました。

結びの言葉はこうです。

フランク・ハリスは驚きをもって、この心態を実証するとともに大要項のように附言している。「自分を自分と認識するためには、ある程度の知的発達を必要とするもののようにおもわれる」と。


わたしはずっと自分を自分と認識していなかったような気がします。いまもしているかどうか怪しいですが、ともかく、そのような「発見→驚き」を繰り返す過程においていろいろな知覚や認知構造が変わっていく、というのは本当に面白い!

一昨年、昨年……と、いろいろなことに驚いていましたが、また今年になって、いままでこんな目の前にあるものを見逃していたのか!と驚くことが多いです。

つい最近、母も同じ事を言っていました。「60過ぎてもそうだよ」と。



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