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旧 なんかのたまご

無限ノート

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17回目の4月

夫と知り合ったのは、22歳の春でした。

わたしはその当時東京にいなくて、とある地方都市でスポーツ三昧の暮らしをしていました。知り合いが増えて人間関係も複雑になってきいて、上は50代から、下は18歳の女の子まで、幅広く集まって合宿や飲み会などをやるサークルっぽい仲間の中で生活していました。

そのあといろいろあってめんどくさいので逃亡しようと思いはじめました。

そこで大学の後輩の子の家に泊まりに行くという口実で東京に戻ってきましたが、そのときからずっとこっちに住んでいます。


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よし、逃げるか!


夫とはただ知り合っただけです。わたし(と後輩)がナンパした、という表現が一番事実に近い表現です。会った翌日には一緒に遊びにでかけて、それからの日々は友人の家に連絡も入れずに車やホテルで寝泊まりしました。

6月にはビルの3階に小さな部屋を借りて屋根のあるところに住むようになりましたが、その時期の母親の嘆きや父親の無言の怒り、そして心配はきっとものすごかったのでしょう。一度、電話で泣かれたことがあります。

あのころわたしはアホでした。


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いまもアホですが


「女ってのはなんでこう、記念日とかいちいち覚えてるんだか」

先日夫から、そんな意味のことを言われましたが、わたしもご多分に漏れず、覚えています。結婚式をしていないことと、入籍前後にどういう経緯があったのか、どうしても思い出せないので、わたしの中で重要な意味を持つのはやはり4月27日なのです。

先日、スーツ姿の父と夫が肩を並べている様子を見て「ここまで来るのにほんとにみんなに心配かけたなぁ」と改めて思いました。前回二人が会っているのはかなり昔、ヤマメを釣りに行ったときぐらいで、ほとんど顔を出していないのです。彼が行かないのではなく、わたし自身があまり実家に頻繁に帰るタイプではないので、ほんとうに間があいてしまいました。


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ヤマメとイワナ、また釣りに行きたいです


わたしの症状が一番激しかったころ、母も父も夫も、わたしが突然怒り狂ったときの対処、沈静しすぎて表情がなくなってしまったときに散歩に連れ出す工夫、社会性を取り戻させるためになだめすかして手仕事をさせる、などなど、ほんとうに大変だったと思います。妹たちも弟も同様です。

それと、一番すごいのは、待ってくれたことです。

わたしは短気な人間なので、待つことが苦手です。でも彼らは待ってくれた。だから、わたしはこれからもっと幸せな人間になろうと思います。

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歩いたり走ったりしゃがんだり、楽しく行きます


記念日について教えて☆ぐるなびウエディング
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