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旧 なんかのたまご

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心砕

夜中にふと目が覚めて、千葉海音さんの最新の曲「心砕」を聞きたくなったので横になったままYoutubeで検索、イヤホンを着けて聴いていました。

秋からこっち、ずっとCDを取り込んだものを聴いていたので、わたしは彼女の過去の作品ばかりに触れていたのですが、いま「心砕」を聴いてみたら、以前は見えなかった情景が見えました。

そして、この曲は震災の知らせをパリで聴いたときの驚き、家族や友人を案ずる狂いそうなほどの不安、そういうものを乗り越えてできたという表面的な捉え方が変わって、今日は、わたしなりに思ったことがありました。





今夜のわたしはこの曲を「許す歌」という風に受け取りました。

誰かを許す、だとか、大きな愛でなにかを包む、みたいな意味の「許す」ではありません。まだ傷が癒えていない自分が、そういう自分であることを「それでいい」と許す、の「許す」です。

許してはじめて、原石になった自分を発掘して、美しく磨いていこうと力強く歩き始めている。

そういう情景を見たような気がしました。

こういうものは受け取る側の問題ですので、きっとわたし自身がそういう気持ちになっているからそう思ったのでしょう。夜中の戯言、と、あとで自分でも思うかも知れません。


それから、以前わたしは千葉海音さんのことを「芸術家」と書きましたが、やはり今でもわたしにとっての「芸術家」は彼女のような人です。

パッと見たときの格好の良さや洗練や綺麗さ「っぽさ」のようなものにとらわれていない。耳障りの良い言葉でごまかしたりしない。その一方で、懐かしく優しい、泣きたくなるような愛おしい風景を想起させる幅広さと奥行き感も併せ持っている。そういう人間だと感じたから芸術家だと思います。

芸術とはなにか、ということについてはまったくの素人ですが、それでも今はそう思っています。

まるで、遠くで強く光る一等星のような。
散歩道で出会った季節はずれの松ぼっくりのような。
いつの間にか迷い込んできた小さな蜘蛛のような。
古い樹木の根本から芽吹く淡く透ける新葉のような。

あらゆるところに存在している、いままで見逃してしまっていた”なにか”を運んでくれる、そういう歌声だから、ピンときて「絶対ライブに行く」と思ったのかもしれない、そう思います。


いま、ワタナベ薫さんのブログを知って音声プログラムにまで申し込んで生活がどんどん変わっているのも、もとをたどればYoutubeでシャンソンを検索していたときに彼女が弾き語りをしていたmon amant de st-jeanをクリックしたからです。

来るべくして、ここに来た。

そういうことでした。

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