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旧 なんかのたまご

無限ノート

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こんなに印象的な誕生日は

生まれて初めてです。

父から、祖母の話や、伯父が終戦後の混乱の中、列車でひとり乗り遅れて、すんでのところで生き別れになりそうなところを危うく窓から拾い上げられた話を聞いて「ほぉー!へぇー!初耳!」と、驚いていました。


IMG_1708.jpg
いつかの夏の日、いつまでも実家での暮らしが続くような気がしていました

祖母は、父が高校を卒業するちょっと前に亡くなってしまったので、わたしは会ったことがありません。

祖母は東京出身だったので、父が幼少のころは良く遊びに行っていたのだとか。そのような話もいままでゆっくり聞く機会がありませんでした。都会からお嫁にきて、きっと慣れない田舎暮らしに心細い思いをされたこともあったのでしょう。

昨日、わたしは自分が20年前に住んでいたアパートの前を偶然通っていろいろなことを一気に思い出して、自分が大学3年にあたる時期の、滑稽なエピソードを夫に披露して2人でゲラゲラ笑いました。(ちなみにこのアパートの次に住んだところが、3階から工事現場に向かって冷凍サンマを投げたマンションです)きっと、父や母との間にもそのような、まだ知らないことがたくさんあるのだろうなと思います。

祖母は、父にとっては、綺麗でやさしい「お母さん」だったのでしょう。

その「お母さん」を、まだ若い時に亡くして、どんな気持ちで青年時代を過ごしたのだろうなと、電話を切ってから少し考えました。

わたしは父母が揃って元気にしているのが当然だと思って過ごしてきましたし、さんざん心配をかけまくりました。それでも平気でいられたのは、自分がどのあたりに立っているのか良くわかっていなかったからなのだろうなと思います。


IMG_0226.jpg
「なんも見えねえ」


父も母もとっくに60歳を過ぎて、少しずつ衰えや持病が出始めて、それでも元気にしてくれていて。

ただ生きているだけで父母に「お前が元気そうにしているのが自分の幸せだからいいよ」と、何の見返りも求められない。そんな両親に育てられた自分が惨めで可哀想な存在なわけがないのに、いったいいつまで逃げて逃げてを繰り返していたんだろう、とも思いました。

こういう考えに至るまでにはそれなりの経緯があり、それ以前に荒れ狂うような精神状態を経験したこともありましたが、今となっては笑い話です。

淡々と、しなやかに、強く。そんな風に生活をつないでいきたいです。


IMG_0228.jpg
ここまで来たよー!

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