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旧 なんかのたまご

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自分につけてきたOK


スマホが快適すぎて断酒日記ばかり書いていたきょうこのごろ。すっごく楽しい毎日です。

お酒を飲まずに過ごすことによって何ごとによらず余裕があってゆーっくり生活している感じがします。そして、モノも着実に減っています。年末掃除の一環として雑誌雑紙のごみの日に出すノート、縛ってしまおうと思って出してきたのですよ。2010年半ばぐらいからのタイムテーブル兼ToDoリスト兼日記帳兼雑記帳みたいなノートを。


2014-11-26 03.44.06


以前、この時間管理法が自分に定着してるからやりやすい、みたいなこと書いた覚えがあります。(あっ、そういえばそのときは一時的に主治医にノートとスケジュール帳に予定書くのやめてくださいって言われていたのでした) その後、タイムテーブル解禁!イェーイみたいなノリでまた前のやり方を復活させました。

【過去記事】タイムテーブル解禁 - なんかのたまご 2014/08/26 Tue. 04:59

この日から3ヶ月ほど経ちますが、わたし今はタイムテーブル書いていません。

上にリンク貼った過去記事の最後に、やってみてなんか違うなと思ったらやめます的なこと書いてあるますがその気持ちのまま、やめました。

ちょうどそのころ。入れ替わりのように書き始めたのが「底つき体験ノート」と名づけた自分の飲酒について書き出しをしたノート。 [カテゴリ : きょうのバイブス : 底つき体験ノート] これはちょうど昨日最後のページを使い終わって、コンパクトに一冊にまとまってイイ感じです。


ところで。

2010年からのやり方のノート。すっごく字が汚いのはいままで散々ここに画像を載せてきたとおりなのですが、見開き右ページに書いてある日記のような雑記のような部分。はっきり言ってあとから読み返せるような代物ではありませんでした。だって見づらいんだもん。w だからこれらを捨てる前に、いたずら書きとか絵っぽいページだけ切り取って保存するつもりでパラパラ見ていたのです。

そして思ったのは、わたしはこれだけの赤マルOKを自分に付け続けてきたんだ。いっぱいOKついてるなぁ、うん、気分が良い。ということ。以前にも書きましたが寝るだけでミッションクリア。OK!みたいなとんでもなくハードルの低いToDo&タイムテーブルノートです。だからOKの数の多さときたらもう笑っちゃうほど。

【過去記事】 ハードルを下げて下げて下げまくること - なんかのたまご 2012/03/11 Sun. 09:57

でもこれ、やってみて良かった、と思っています。


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ひとが向上していくためにはもっと努力して、ダメなところを改善しなくてはならない、っていうのはごく普通の考え方ですよね、たぶん。わたしもそういう感覚でした。昨年から今年の春まで行っていた職場もそうでした。基本、ダメ出し。問題点の洗い出し。だからできているところは「出来て当然でしょ」なわけでOKなんていちいちつけない。

なにかに取り組んでいる本人がやるのが楽しくて仕方がないのなら、どんどんやればいい。周りも温かい目で見ることでしょう。でも楽しくないことを無理して頑張っている場合、自分に厳しいひとは他人にも厳しいってよく言いますし、実際そうだった気がします。自分が頑張れていることができないひとに対して少し冷たい視線を送って「なんでそんなこともできないの?」と。そして自分が不得意で出来ないことに関しては劣等感を持つ。「ああーわたしはダメだもっと努力しなくては」と。

常に他者との比較のなかで生きていて、全然自由じゃないし、優越感でも劣等感でもどちらに転んでも結局否定の思考に行きつく。それって生きてることが苦行になっちゃわない?もうちょっとゆるゆるやろうぜ、なーんて思います。

そんなわたしですが、起きると決めた時間に起きられた。OK!朝食を作った。OK!ちゃんと睡眠がとれた。OK!みたいにハードル低すぎなことにさえ赤線引っ張ってOKっていうのをやっているうちに、だんだん楽しくなっていきました。最初の段階では低いハードルだったとしても、OKと自分に○をつける、という行為をつづけているうちにもっともっとやりたくなるのですよ。そしてやるのが快感になるからやらずにはいられないみたいになって、どんどんできることが増えて勉強も仕事も楽しいじゃん、みたいになっていった時期があります。


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とはいえわたしの場合は度を越し過ぎて主治医からやめてみれば?と言われちゃいましたけど、なにを「やめてみれば?」だったのか、というとつまりは「そのOKが義務みたいになっちゃうと、頑張っていないときの自分に×(NG)をつけることになるから」だったのかもしれません。

そして、最近は違うやり方にシフトしました。

以前買った yPad というものを再利用しています。これはiPadと同じ大きさのノートです。左側に2週間分の簡単なスケジュール。これは左から右への時間軸でスケジュールを書き込める。そして右側には縦軸のToDoやタスクを書けるように工夫されていて、いまのわたしにはとても合っています。

相性が良いのか、予定が前倒しで終わったりするのですよ。パッと見ただけで縦軸と横軸が分かりやすく、優先順位などを把握しやすい。だから家に置いておくのは yPad3 で。外出先に持っていくのはいままでどおりダ・ヴィンチのバイブルサイズで。ってやり方に落ち着きそうです。日記は2015年からは10年日記に書きます。

というわけでタイトルのとおり、「自分で自分にOKを(マルを)つけた」ということをやった結果、良い変化があったという発見をしました。

自己肯定という言葉の意味をほんとうに理解するために、わたしにはこの4年間ぐらいの時間が必要だったようです。そして偶然だけど、小さなことでもOKってマルをつけていくことはすごく良い方法だったのでした。

ちゅーわけでこれらのノート、役割終わりー。雑紙の日に出すよ~。

いままでサンキューサンキュー!そして次に買うなら yPadハーフにする!


yPad
by カエレバ

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Mind Switch を購入してから1年8ヶ月の変化


マインドスイッチのレビューです。 (サンプル → Mind Switch サンプル音源 - YouTube


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ブログには書いてなかったけどけっこうな頻度で聴いています


前回ブログにレビューを書いたのはずいぶん前ですが、相変わらず聴いています。叶え力 忘れたころに 叶ってる - なんかのたまご 2014/09/22 Mon. 14:07に書いたステレオセットが届いたころからはパソコンで聴くのではなくて、すっごくいい音質のステレオでリピート再生。

そして、ここ一年ぐらいでお金に対する恐れ、遠慮、渇望感、欲、思いこみ(先入観)などがずいぶんと変化したので、最初のうちはお金のアファメーションばっかり聴いていた気がします。正確には「聴いていた」のではなくただ流しっぱなしにして家事をしたりほかのことをしているので聞き流し?環境音楽みたいなノリ。

そしたらなんか変わった気がするんですよ。

購入する前から最近までは、なにかの拍子に「あっ!マインドスイッチ聴いてるからだ」とか気付くと思っていました。だけど、気付かないのです。変化に。

でも、お金というのは通帳に記載された金額、数字、貯金箱の中の小銭、としてはっきり目に見えるので、あれ?と。減ってもおかしくない過ごし方をしていたのになんで増えとるん?という気持ちがよぎったことが何度かありました。金額だけ見ると劇的に生活が変わってしまったみたいなことではないのですが、わたしの感覚では「えー、マジでいいのー?このわたしがこんなリッチになっちゃっていいのー?」と思ってしまうような変化。

(これは断酒禁煙をしたことも当然関係あります。先日断酒日記に書いたとおり、夫婦で合わせると一ヶ月5万円ぐらいの死に金、無駄金の浪費がなくなったから。でも、それだけでは説明のつかないこともチラホラ。「豊かになった」という言い回しがぴったりきます)


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お金ためるほうもなんだかスムーズに


金額の多寡はひとまず置くとして、今になってこのCDセットのタイトルである「マインドスイッチ」っていう意味がなんとなくわかった気がします。

つい先日まで、「スイッチを入れる」 の名詞用法の 「Switch」 しか考えていませんでしたが、

switch from △△ to ○○ (△△から○○に切り替える) のほうの動詞?みたいな意味でのスイッチする(切り替える)。の意味で「ああーほんとにマインドスイッチだった!」と独り言言った日がありました。

お金のアファメーションCDに限定して言うなら「貧乏マインドからお金持ちマインドに切り替える」っていう表現がぴったりなんですよ。だからマインドスイッチっていうネーミングに、今更ながらなるほど納得。

上記の「貧乏マインド」「お金持ちマインド」という表現は、以前わたしが漠然と考えていたものとちょっと違いました。

このブログの [お金とわたし] というカテゴリに最初の記事「お金とは? - なんかのたまご 2013/04/22 Mon. 08:33」を書いた時期のわたしは、お金持ちマインド、という言葉をあまり深くとらえていなくて、漠然と

「ああ、きっとお金持ちマインドを持っているひとは100円均一で使いもしないものを無駄に買ったりしないし、ケチじゃないんだろうな。そして、お金もちである自分が板についているからいちいち言い訳せずに自分の好きなことをして、自分の好きなものを買ったり食べたりして、そういう態度がまた新たにお金との縁を深めて結果的にほんとうにお金持ちになるんだろう」っていう理解をしていました。

そしてこれは大きく外れてはいませんでした。ただ、範囲が狭い。そして、イメージが貧困。

「お金持ち」と聴いたときに思い浮かべるイメージがあまりにもステレオタイプなままだったのですよ。それこそ映画や小説の中に出てくる代々続く名家とか、ダウントン・アビーやオリエント急行殺人事件や深作欣二の世界の優雅な暮らしとか、ドラマに出てくるIT成金の暮らしとか。とにかくイメージする材料が少なかった。だから、浮かんでくるのはアンティーク家具、蔵書のいっぱい詰まった書棚、高級車、仕立ての良いスーツ、ブランドバッグ、大きな家、庭、みたいなわかりやすいシンボル的なものばかりだったのでしょう。

もちろんそれもお金持ちの状態の現われなので、わたしもほっしーい!と本心から思ったらゲットするでしょう。いまだったらたとえばうーん……カスタム万年筆とか?

いつごろのことか忘れちゃったのですが、マインドスイッチをずーっと流しっぱなしにしてウロウロして一週間ほど経った時かな?あまりに気持ち良くて寝ちゃった日がありました。そして聴いているうちにだんだんと「あ、すでにわたし持ってる」「あ、欲しいと思ってたらいつの間にか家にあるじゃん」みたいなものをいくつか発見しました。

それは高価なモノとか限らないけど、高価なものも混じっています。でも高いから力んじゃうとか安いから粗末に扱うなんてことも特になく、普通のテンションで自分が気に入ったものはすべて大切にする気持ちになっている自分を発見しました。


2014-11-24 14.32.44
ばいよりん


きょうの時点で思うのは、リッチな思考パターンとプアな思考パターン(この言い回しはポール・マッケンナの本から拝借していますが、呼び方はなんでもいいです) っていうのがあって、一時的にお金を手にしてもすぐに散財してしまうとか、なぜかいつもお金に対する不安や恐れがあって、行き過ぎた節約とか不安回避のためだけの貯金に回してしまう、みたいなのは、表面的な現われ方は人それぞれだとしても、根本のところではプアな思考パターンが染みついていたからなのだろうなということです。よく引き合いに出されれる、宝くじの高額当選者の方の転落人生ストーリーなども、プアな思考パターンのまま大金だけを手にしてしまったからそうなるのではないかな、と。

リッチな思考の癖がつくとどうなるか、ということをなんとなく実感としてわかってきました。

まず、受け取ることに対して無駄な遠慮がなくなる。

そして、与えることについての変なこだわりも消失する。

具体的には、お給料や臨時収入に対して罪悪感がないので「ありがとう~」みたいな軽いノリでいられる。これはモノをいただいたときも同じです。「とんでもない!そんなものをいただくわけにはいきません!」などと大げさに辞退して、相手をガッカリさせちゃう、なんてことが減る。そしてたくさんお金を稼いでいるひとに対して妬む僻むもなくなるけど自分もああなるぞ!と無駄に力むこともなくなる。

与えること、出すことに関しては、募金とか偽善者ぶってるみたいでやだわ、という考えが浮かばなくなってくるので気が向いたらチャリーンと募金箱にほんのちょっとでも入れている自分のことをとくになんとも思わない。良いことをしている、とか、徳を積んでいる、という意識もなく、逆にひとからの評価を上げたいんでしょ、売名的なアレでしょ、博愛主義っぽく見られたいんでしょみたいな自分の内なる批判の声や照れも薄くなって、ふつーのテンションでそういうことをしている自分を発見とか。それから、公共料金の支払いと税金に対する考え方がガラッと変わったと以前書きましたがそれは今も定着したままです。

いまのところ、こんな調子です。

それによってヒャッハー!とはしゃぐわけでもなくただただ、毎日平和に暮らしていることをありがたく受け止めて、比較的淡々とした日々を暮らしている感じがします。

お金のアファメーション以外のCD (自信を持って人生を切り開く / 最良の人間関係を築く) もたぶん同じなのだと思います。だけど、こちらのほうもあまり自覚できないんですよ。あまりにもゆーっくりと自然に変わっていったみたいで、自分ではあんまりわかんない。


2014-11-21 07.53.54
気付いてないだけで


ダイエットに似てるかも。

数ヶ月から数年かけてゆっくり痩せたんだけど、自分も近くにいる家族も毎日見慣れているから変化に気がつかない。だけど、ひさしぶりに会ったひとからは「えーなんか綺麗になりましたよね?」「えっ、○○さん?似てるけど違う人かと思った」みたいなことを言われてあら言われてみればそうかも。っていう変化です。だから、主観的には劇的ビフォーアフターじゃないような気がするのです。でも久々に会った人からは別人みたいって言われたことが4回ぐらいありましたので「ああーひとからは良く変化したように見えるんだ。嬉しい」という感想を抱きました。

今思えばmp3ではなくてちゃんとしたステレオで聴きたいって購入直後に書いていたような覚えもあります。

結局それも叶っていました。

そういう感じです。

【過去記事】
カテゴリ MindSwitch(マインドスイッチ) - なんかのたまご

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千葉海音さんのライブに行ってきました (3年ぶり2回目)


デジャヴだわ、このタイトル。

と思ったら思いっきり同じタイトルで4年3年前に記事書いていました。

千葉海音さんのライブに行ってきました - なんかのたまご 2011/08/09 Tue. 17:36

あれから4年3年!(単純な算数ができないのがまたここでも発覚!恥ずかしい!)と数ヶ月。

面白いゆめをみて、起きて、いつものように断酒日記を書いて、それからTumblrに思いついたことをずらずらっと書きました。

そしてさっき外を歩いているときにふと思いました。

所有するということについて。

これはTumblrに書いた「在る」ということと関係がありそうな気もしますが、先日から欲しくて欲しくてたまらなかった三角形で紫の葉っぱのオキザリス。名前が分からないけれどときどき見かけるオキザリス。それがすぐそこに生えているということに気付いてしまいました。


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このオキザリスはそんなに希少種というわけでもないのでしょう。よそのお宅のプランターに何気なく植えられているのを見ることもあります。でも、どんなに好きだからと言ってまさか見ず知らずの家の壁や庭が写ってしまう場所にスマホのカメラを向けることもできないので、あああ~あれ欲しいなぁと毎日のように思っていたのです。

そしたらまるでそこらへんの雑草みたいに、生えてる!

たぶんこれはどこかの誰か、無数に種類のあるカタバミ愛好家の方が勝手に植えた、みたいないわゆる花ゲリラみたいなことなのでしょう。その近くにはさりげなく園芸種の植物が点々と植わっているのです。それをほほえましく見ながら写真を撮って、わたしもこのオキザリスを買おう!そして自分の軒下で育てよう!と、一度は思ったのですが……。

「わたしの」オキザリスってなに?

ついさっき、そう思ってしまいました。

ではあそこに植わっているオキザリスはいつでも見ることができてそこに「在る」のに、そして現に見ているわたしもここに「在る」のに、なぜ自分専用の同じ苗をわざわざ買おうとしているの?わたしはコレクターになりたいの?自分のものではないと感じるオキザリスには価値がないの?と。

「いまここにない何か」に対する渇望感とそれが手に入らなかったときの失望。そんなことを繰り返していたこと自体が上の空で生きている証拠かもしれないな、と思いながら家に帰ってきました。


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ここで千葉さんのお話にもどります。

わたしは2月にライブを予約したのだけど、当日どうしても行けなくなり悔しい悔しいとしばらく騒いでいました。そして昨日も、外出自体禁止だったので、行けるはずもなかったのですよ。

千葉さんから直接譲っていただいた過去のCD3枚を、ただただ見つめて、ああーもう聴きに行けないならもういい、なにやっても意味ないからただひたすら地味に暮らす。クリスマスもお正月も出かけないしお風呂も入らないし家からも出ないし最低限のことだけやって寝て暮らすわ。みたいにすっごくふてくされていました。いま振り返ると駄々っ子みたいで恥ずかしい。 (とは言えそれを最大の「底つき体験」と位置付けたことによって断酒を続けることができていますので結果オーライではあるのですが)

でも夫の温情(笑)で、歌を聴きに行くことができました。

ライブの内容、曲目、どんなお話を聴いたか……。このブログにはそんな内容をたくさん書こうと思っていたのですが、なんとなくいまは違うな、って気がするので Tumblr と断酒日記に書いた分だけでおしまいにしておきます。

2014年11月18日、渋谷にて千葉海音さんのライブへ。15年目の結婚記念日でもある。 ... | なんかブラー

きょうのバイブス : ちょっと一杯などという一杯はない November 19, 201400:45


ピアノの目の前の席で、全身に音の波を感じた昨晩。

一瞬前でも過去は過去だけれど、わたしは4年前の人形茶館にも、昨晩の渋谷のレストランにも、自由に好きなタイミングで戻ることができる。その瞬間、自分の全身の細胞が喜んでいた、あの意識状態にアクセスすることができる。だから、もっと見たい、もっとCDを聴きたい、もっと歌を聴きたい、もっともっと……という所有欲はいらない。そんな気がしています。

「所有すること」「過去と今と未来」という概念が、ガラッと変わってしまった。

それが、今回のライブで個人的に感じたことです。


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わぁー精神病院ってお金かかるのね!

いまさらかよ!って突っ込まれそうだけど、ついさっき、わたしが入院していたときの費用みたいなのがいろいろと入った封筒を見つけました。

夫が支払うひとだから当たり前といえば当たり前なのですが封筒の宛先は夫の名前。

んで、たぶん総額では50万以上行ってると思うのですが、とりあえず束になっている中で目立つのがこれ。


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ほかにも歯科治療代だの差額ベッド代だのといろいろな書類が出てくるのでうひゃーなどと言いながらひととおり眺めてまた封筒におさめて引き出しを閉めました。わはは、なんのために開けたんだっつー話だよね。

でも、こうして普通に穏やかに生活していられるきょう、いま、が、幸せだー!と改めて思いましたよ。

そして、当時の入院日記みっけ。なつかすぃー!

わたしはいまでもまだ薬飲んでいますし、ときどきなにかやらかすこともありますが、基本的には元気です。入院日記を書いている時期も元気でしたけどね。

そして、いま書いている断酒日記のほうではライブドアの使い心地が良すぎて断酒以外の日記をバンバン書いちゃって楽しいでーす。こっちをメインブログと呼んでいるのですが、だんだんメインよりも断酒ブログのほうが充実してきてしまいそう。でも、断酒すること自体が楽しいですし、相変わらず悩んでいることのナンバーワンはアネモネがなかなか発芽しないことと、パンジー&ビオラをどういうふうに植え付けようかなぁってことと土の配合のことなのです。

お前は植田まさしワールドの住人か!ポテン生活のマンガに出てくるひとですかー?って笑ってしまいます。

15,6年前、わたしは「ヒステリーな毎日」っていう日記を書いていました。でも、いま自分の日記に同じような名づけをするとしたら「しあわせな毎日」ですね。そして、きょうも生きていることをありがたいとかみしめながら、出かけるのです。


ポテン生活(1) (モーニング KC)
by カエレバ

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余白

うぉーPC久しぶりにたちあげ~

昨晩、断酒していたのに飲んでしまいました。んで、カウンターをリセットする必要があったのでついでにいろいろ作業、のさらについでの更新であります。


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断酒にからめて「引き算する」というアプローチについて書いた日がありましたが、引き算してみて良かったこと、たくさんあります。

引き算してよかったモノは、

・身につける機会が少ないのにしまいっぱなしになっているクツ、服
・めったに使わない家電
・なんとなく流行に流されて買ってしまう本、CD

など。

引き算してよかった習慣は、

・酒
・タバコ
・ネット
・電話
・iPad、Androidの中のアプリ
・RSSリーダー

です。


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これは自分にとっての、ですので万人に当てはまるものではないと思いますが、わたしの場合はこれ減らして大正解でした。このなかの、酒とたばこに関しては「習慣」というよりは「薬物依存」のカテゴリをまたいでしまうのでちょっと違う気もしますが、ともかく、快適!

そして、この2ヶ月のあいだ、引き算したあと、できた余白になにを入れたい?と、ウキウキしながら暮らしていたのですが、いつの間にかどっぷりはまっていました。園芸。

すきなんだなぁ。と、自分でもちょっと呆れるときがあります。

カレル・チャペックの『園芸家12ヶ月』を初めて読んだ時、面白いなぁと笑ったり、ところどころ涙しながら読んだものですが、最初の印象は、ジェイムズ・ヘリオットの『Dr.ヘリオットのおかしな体験』を読んだ時とにた感じで、たしかに面白いし、筆者の温かい人柄が伝わってくる文章で、翻訳も良い!という感想を抱くのみでした。

ところが!

その後、いとうせいこうの『ボタニカル・ライフ』で大爆笑すること数知れず、そして、ヘルマン・ヘッセの『庭仕事の愉しみ』の素晴らしさに圧倒されて……、という日々を過ごしているうちにいつの間にか自分も植物のことばかり考えて生活するひとになっていました。

これはこれでとても楽しいので続けたいです。

そしてもうひとつ。


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貯金~♪

楽しいです。特に500円貯金。透ける貯金箱イイね!

あとは英語です。ネットながくやってるから読むほうはなんとかなるのですが、耳で聴き取れない。これは映画などを見るときにつまんないのと、字幕も吹き替えもなしの映画が観たくなったときに不便で選択肢が狭まるってことを実感したので、いまシャッフルにDuo3.0同期中です。

高校生のときが一番英語力高かったはずなんだけど、あのときですら辞書ひきながらシェイクスピアぎりぎり読める、って感じ。そしてリスニングは絶望的だった気がする。だって受験に必要なかったし!


2014-11-11 18.34.57


だからこそ、いま、きょうが一番若いんだから今すぐやるのだ。


と、ここまで書いて思いました。

なにもしない。

これ、一見非生産的のように思えるけれど、実際はそうではないことがわかりつつあるかも。

わたしには余白がないのです。文章にそれがよく表れているなーと、若いころの日記を見て、ふと思いました。いまもだけど。断酒日記のほうにも似たようなこと書いた日がありますが、そういうこと、気付き始めているのなら大切にしてみよう。なーんて思いはじめています。

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