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旧 なんかのたまご

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脱力熟睡宣言!


自力整体で熟睡・快眠っていう本買っちゃいました。

この本にもDVDが付属していますが、今回はどちらかと言うと実技のDVD目当てではなくて内容目当てという感じで。(じっさい評判どおり、実技の付録DVDはDVDで覚える自力整体のほうが断然良かったです。)

*断然良かった、っていうのは前からなんどか張っているこの実技のことね。 

自力整体 1.首・肩コリ、猫背が治る 前半 - ニコニコ動画:GINZA
自力整体 - YouTube

ちなみに熟睡のほうのDVDで「おっ!新しいワザだ!」と思ったのは、手首のシワから十センチぐらい下のところを自分の膝で踏む、という部分です。タオルを使ったりもしますし、寝る前にやるのによさ気ですが、わたしはやっぱり長くやり慣れた方のDVDで全身の血流がザーッと流れていく感覚を味わうのが好きです。


2014-04-25 03.55.16
なんと!自分の膝でツボを踏むとは。その発想はなかったわ


矢上氏が「整体に”なる”」という表現を使う理由がなんとなくわかりました。

一日使った身体を脱力することの大切さ。
それまで外に向かっていた意識を自分の身体の中に集中する時間を作ることの大切さ。
夕方を過ぎたら徐々に副交感神経優位に切り替えていくこと。
手首を柔らかくすること。
仙腸関節と股関節が裏表の関係にあること。
股関節をやわらかくしておくことの大切さ。
肋骨を上げることで肩こりと無縁に暮らせること。
骨盤と肋骨との間隔を開けることで胃腸の働きが良くなること。

みたいなことを「DVDで覚える自力整体」の付録DVDのなかで口頭で説明するのですが、さらに詳しいことが書いてあり、なるほどね~などと言いながらひと通り読みました。


でー、はっきり言ってこの矢上氏の整体・整食・整心、というのを普通の勤め人だとか同居している家族のいる人がやるのは難しいと思います。特に、帰宅してすぐに自力整体をして、19時頃までに夕食(とお酒など)を済ませておく、とか、20時ごろからは楽しい映画やドラマなどを見て家族と語らい、その後風呂に入って寝る直前には空腹になるようにしておく、とか、帰ってくる時間が遅い方には現実味がないですね~。

主婦の方だったとしてもご主人やお子さんの帰ってくる時間や食器洗いなどの都合を考えるとなかなか自分だけの都合で過ごせるものではないでしょう。

でも、一週間に一度でも寝る前の自力整体やってみると全然違います。特に熟睡感が。

こないだ、試しに早めの時間に自力整体して、その後軽くご飯を食べて、夫と時効警察のオダギリジョー見て笑ってから入浴→顔コリほぐし→寝る、って感じの夜を過ごしました。


2014-04-25 03.04.50
カコカワ熟睡宣言!


眠る直前には確かに空腹で、夢におにぎりが出てきちゃいましたが、目が覚めたときのすっきり感はハンパねぇ!って感じです。それから、入浴もいい香りの入浴剤を使って、顔コリほぐしをするあいだはボケーっとアホ面してやったのが良かったのか、ほっぺたが柔らかいこと。

これはいい夜の過ごし方だわぁ~とやみつきになりそうです。

が、夫の帰ってくる時間を考えると平日毎日というわけにも行かないのでそこは自分のやりやすいようにアレンジしてみたいと思います。

とにかく、グニャグニャ脱力・いい香り・アホ面できる心の余裕(楽しい音楽とか映画とか)って大事なんだなぁと思いました。

やらなきゃ!みたいな気持ちで唇引き締めてやるよりも、気楽にテキトーにやったほうが効果あります。これは自力整体も、顔コリほぐしも共通する点かなと、今の時点では思っています。

あと一ヶ月ぐらい経過したらまた詳細レポを書きますね。


2014-04-27 19.51.49
かこの顔研究所のクリアオイルもすてきな香りなのよ~


【関連】
顔コリほぐし一週間 - なんかのたまご 2014/04/19 Sat. 04:56
自力整体 - なんかのたまご カテゴリ











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All things bright and beautiful.


ゴールデンウィーク期間に入ってしまう前に早めに主治医のところへ行ってきました。

この三週間とちょっと、タイムテーブルをつけるのをやめて過ごしてどうだったか、ということを話すのがメインでしたが、実際特に問題ありませんでしたー!

同じ場所に出勤することをやめてしまったら無軌道になってダラダラ過ごすに違いないから自分を躾け直すつもりで気を引き締めてウンタラカンタラ~って気負っていたのですが、それほど大げさに考えなくても別に平気でした。


2014-04-25 04.30.06
缶詰でええねん


いろいろなことに対して「ええねん」と思えるようになった。と言ったら、それはいいことだと先生。

「ええねん」と言いながらドラマばっかり見て過ごしたり昼間から酒飲んだりした日もありましたが、体重が増えるわけでもなく、急に部屋が荒れ放題になったわけでもなく、それまで通りです。

そして、良かったことは、夫との仲が良くなったこと。

もひとつ、両親とさらに仲良しになったこと。

この2つです。


2014-04-11 14.52.03
余裕あるから~


夫とは小競り合いもありますが、基本的には仲が良いです。両親とは、まさかこんなふうに話せる日が来るとは思わなかった、と、信じられないような思いで電話を切ることが増えました。

相変わらず、両親は40年以上信念を持って続けてきた信仰の道を突き進んでいるのですが、その団体内で表彰されたという話を聴いても、以前と違って特に心乱されること無く「ほおー良かったねぇ!おめでとう!」なんて言っている自分がいます。だからと言ってわたしはその団体での活動はしませんが、それは両親も知っているので別に波風が立つこともないというか。

わたしはわたしで、いままで傍にありながら認識していなかった美しいもの、可愛らしいもの、素敵なことの存在に気づくことが増えて、ただ街を歩いているだけでもずいぶん楽しいです。


2014-04-24 12.28.41
All things bright and beautiful.


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思い通りに生きてるかー?


みんなー!生きてるかー?!イェーーーイ!

死んでるひとは(たぶん)このブログ読めないと思うので読んでいるひとは全員生きてますね~。

わたしも生きてます。

あと、最近身長が3センチぐらい伸びて急に巨乳になってタバコもお酒もやめることができて新しいマンションに引っ越した上に棚ぼた式に転がり込んできた遠い親戚の遺産ということで500万円の臨時収入があったという夢を見ました!!

(実際は151センチぺったんこーのままですサーセン)

さっき唐突に思いました。だいたいブログ書くときは唐突になにか思ったから書くのですが、今日もそうです。いつもそうです。

植物ってすごいよね!ということ。


だってこうだぜ?


2014-03-26 13.16.27
2014年3月下旬





2014-04-26 10.17.25
今日


サバイバルゲームのついでに拾ってきたどんぐりが青々とした葉っぱになることに驚きます。このおかげでわたしはなかなか実家に帰ることができないのですが、それもまたよし、と愉しんでいます。

植物の様子を見るついでに写真を撮りながら、ふと思いました。

いまわたしは特別なことはなにも無いように感じるけれども、なんだかんだ言って思い通りに暮らしているなーと。

また、「わたしが、わたしであること」を深く深く実感するというのはこういうことかな、とも思いました。

生きている人間は移ろいやすいしどこかで誤魔化せる。でも、死者の目は欺けない。

その死者の前に立って「わたしは、こうしました」といえること。それこそが、わたしのしたことといえるのではないかというようなことを河合隼雄氏が書いていますが、まったくそうだよなと思った瞬間があったのです。





このカニグズバーグの『エリコの丘から』の主人公とは違って「わたしは、こうしました」と、だれに報告するわけでもないのですが、それでも、眠っている間に登場する人物や亡くなった人物、それらにじっと見られているような気がします。

それと反比例するように、生きているひとの目が気にならなくなっていく自分。いらないものをサッと手放すことが出来る自分に気付いて嬉しく思います。

これこそ、思い通りに生きている状態、と言ってもいいんじゃない?とも。

でももちろん、欲も向上心もありますので、冒頭に書いた見た夢の内容が実現したらもっと嬉しいです。ヘイカモン!巨乳!500万!カモ~ン!!


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かまぼこエクササイズに光明が!

キリさんが、おかねのエクササイズの穴埋めにご自分の言葉を書いていらっしゃることに気付きました。



わたしはこれを見て感動しましたよ。

とくに、

・もっとお金があったらわたしは(うきうき)しかねない

っていうところ!!

というのも、「しかねない」という言い回しになにかまずいことをやらかしちまうみたいな先入観があって、何回かそのワークをやり直してみてもそこだけはどうしてもいい感じの言葉が入らなかったのですよ。

うきうきしかねない!?

サイコーじゃん!わたしもそれにするー!と、いままさにうきうきしています。

たーのしーい!

この「だいーじ、」は母の発音をそのまんま書いてます、だいーじ」ともおっしゃっていますが、素晴らしいお母さまですね。SUBARASII!!


2014-04-25 16.40.01
自分にとってのお金の意味は?


ただ、こういうのって、本心からそう思えるようになる前に踏まなくては行けない段階がある場合もあると思います。



ものすごく貧乏育ちだったよ、とか、虐待されたよ、とか、いじめられたよ、みたいなことを引きずっている場合、無邪気に「お金大好き!」「親と仲がいいの!」とか言っているひとを見た時、強い嫌悪感だとか悲しみの感情だとか怒りとか、とにかく心を乱される方もいらっしゃるかもしれません。

わたしも、そういうところがあります。

だけど、わたしたちは壮絶不幸人生自慢大会をやるために生まれてきたわけではないと思うので、ある程度悲しみ切ったら幸せそうな人々、豊かに軽やかに生きている人々に同調してみるのもいいんじゃないかと思います。

自己憐憫同好会みたいなところにいるのは楽ですし、そうせざるを得ない時期というのもあると思います。だから無理して前向きになる必要はないのだけど(それこそ「いのちだいじに!」作戦で)だからと言って豊かに幸せにしている人々を批難しても誰も得しない。



さっき稲葉渉さん(@inabawataru)が素敵な感想をくださいました。→ Twitter / ka_tarinax: @inabawataru ...

こんな言葉が出てきたのは、何度か書いた、ポール・マッケンナの『億万長者脳』のワークをやっているうちに本文を読み返してまったくそのとおりだなあと思ったからです。

この本には催眠CDが付属していますが(あ、声は銀魂の土方十四郎ねw)

「もし生まれた時から自分が望まれた存在であり、やりたいことをするためのお金が十分にあることを知っている子供だったとしたら?と想像してみましょう。どんな誕生日プレゼントをもらいますか?どこへ旅行に行きますか?ティーンエージャーの時にはどんなことをしますか?どんなひとと付き合いますか?」

みたいな部分があります。

これは、認知を変える催眠テクニックを使って、自分で自分の幸福を阻んでしまう自己妨害プログラムを書き換えるという趣旨のようですが、以前本を読まないでCDだけを聴いていたときはこの部分でバッとイヤホン外して怒りが抑えられなかったり突然泣き始めたりして大変なことになりました。

なんでかって、まああれですよ。「誕生日プレゼント?!もらえる人生じゃなかったのにどうやって想像すりゃいいのよ!とか旅行?そんなの一回も行ってないわ!」みたいに思ってしまって、そういうことを当たり前に経験していない自分が惨めに思えてしまったから。でも、本をきちんと読んでみたら違う認識に変わった為、いまでは楽しみながら聴いています。

泣いたのは一年ぐらい前ですが、ほんと、だれかに見られたらドン引きされるレベルの人間性をかなぐり捨てた泣き方でワーワーうるさいことうるさいこと。

でも、これはこれで必要なプロセスだったのでは?とも思います。


2014-04-25 19.33.31
ピンクにがんばる女の子!


そしていま、生まれた時から十分にお金があって、なにかしたいことがあったら即座にとりかかることが出来て、自分の信念に従って突き進む人生のモデルを見つけちゃいましたー!

リーズ・ウィザースプーン主演の、キューティ・ブロンドという映画です。

この映画、2も見ましたが、ほんとうに素晴らしいです。

とにかくピンク!そして、自分の信念に従って生きるエル・ウッズの姿は、見ているだけで元気が出ます。

あと、あんまり映画とか見る気力が無いときでもかるーい気持ちで見られるコメディなので買いました。たぶんこれからも繰り返し見るのだろうと判断して。

そうそう、ブランド物もいっぱい出てきて目の保養になりますよ。

買えない人間が「ブランド物に興味がないわ!」と言うのはカッコ悪いけど、買えるんだけど違うもののほうが好きっていうのはかっこいいと思います。

わたし自身が好きなのかどうなのかはまだわからないのですが、とにかく買える人間になってから選びます。自分の信念に従って!


キューティ・ブロンド〈特別編〉 [DVD]
by カエレバ



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通過儀礼としての「死と再生」の体験

河合隼雄氏の「グレートマザーとは何か」という文章を読んでいて唐突に思い出したのですが、わたしは大学に入ってから20代真ん中あたりまで、不自然なまでに両親のことを褒め称える癖がありました。

ほんっと、自分の親の話なんかいまここで話すべきじゃないという場面でもずーっとその話をしてしまう。一度ぐらいなら「ああー、立派なご両親なんだねぇ良かったねぇ」で終わるのですが、何度も聞かされたあいて、つまり付き合っている男性などには不審の目で見られました。

今思えば人間的に立派な父母ですごく尊敬している、とか抽象的なことを繰り返し言っていたので、虚言、というほどの印象ではないのだけど、なんとなく変だ、と相手が感じるような話しぶりだったのでしょう。自分でもおかしかったと思います。

その後、わたしは発病しました。なにを発病したのかいまでもはっきりしないのですが、たぶんカテゴリ的には境界性人格障害と呼ばれるものに一番近いものです。実際に診断書にそう書かれていたのを覚えているのですが、その後統合失調症に変わってしまいました。でもこれもただの診断名。医者のさじ加減やこちらの状態によって変わるものです。

それに、診断名は自分の名ではない、と思っているのでそれ自体がどうのこうのということはもういいのですが、この期間にいちど、死にそうになったことがあります。

自傷行為があまりに日常化していて家族も自分も、ああーまたかーという雰囲気になっていた時期です。

たしかその時は実家の2階にいました。

そして、弟がその友人を連れて2階にあがってきました。キッチンは2階でしたし、わたしが過ごしていた部屋も2階。そのときの光景をいまでも覚えています。

弟が「○○くんを連れてきたよ、一緒に信仰するって」

みたいなことを言いました。

そのとき、強烈な見捨てられ不安を感じたのでしょうか?とにかく幼い頃からわたしは両親が熱心にやっている信仰がいやでたまらないのを隠して生きていて、近所のおばさんにも、妹弟に対してもそう思っていることがバレないように調子を合わせていました。

ただ、年の離れた弟のことは、とても気が合うこと、わたしが帰省することを心待ちにしていつも慕ってくれていたことを嬉しく思っていたのでほかでもないその弟があっちがわに熱心になってしまった!とショックを受けました。

そのあと、数分間の記憶がごっそり抜けています。

覚えているのは首が切れていてTシャツ血まみれ、救急隊の人の「刃物での怪我、外頸動脈、皮下○センチ。長さ○センチ。女性。27歳。ウンタラカンタラ~」みたいな意味の無線かなにかの報告と、家族がわたしを覗きこんでいる顔です。

そのあと、女性だから傷が残ったら大変だということで、縫うのではなくてものっすごい粘着の細いテープみたいなものをみっしり隙間なく貼るという処置をされて、ごく普通に家に帰って来ました。

翌朝は、わかめの入った味噌汁を飲んでいました。ケロッとして「口開けにくいからご飯食べにくいわー」とか言いながら。

その日のことは、それで自分の中では終った出来事でした。主観的には「ああーまたやっちったー。チッ」みたいな軽い気持ち。(この時点では、家族や夫がどれだけショックを受けたか、とか、治療費はどこから出ているのか、などということには考えが及んでいません)

でも、あれから10年以上が過ぎた時、妹からこんなことを言われました。

「あのときさー、化粧してない顔を見られたから切っちゃったんでしょー。生きててよかったよねぇ」と。

は?!

ってなりましたよ。

全然ちゃうでー!っていうか、もしあれで間違えて死んじゃってたら、自殺扱いということになります。しかも理由が、情緒不安定な20代女性が、すっぴんのむくんだ顔をよその男の子に見られたショックで自殺、みたいなすごいバカバカしい話になってしまいます。

ていうか、その時期でさえ自傷行為やっちゃう自分恥ずかしい。ダセエ!と思っていたのにやりすぎて死んじゃいましたとかもっとダサい。カッコ悪い!と、黒歴史を思い出して足をバタバタさせるひとみたいになってたのですよ。

そして、かなり時間が経ってから、父から聞かされた言葉を思い出しました。

お前の首の脂肪がもう少し薄かったら冗談抜きで翌日は葬式の準備するところだったぞ、太ってて命拾いしたな、と。

それを聞くまでのわたしは、あれはただの解離状態だしー、わたしの意思じゃないしー、ある意味かまいたちに切られたようなもんだしー、などと思っていました。

でも、あと数ミリ深かった or もし痩せていたら マジで死んだかも!と実感した途端、そんな考えは吹っ飛びました。筒井康隆の小説などで腹と腰が冷えて失禁しそうになるみたいな描写を読んだとき、そんなやつ現実にはいねーよと思っていたのに自分がそうなっていました。

それ以来、テレビや映画などで血が吹き出すシーン、首に刃物などを当てられるシーンを見ることができなくなりました。

なんでかっていうと、おっかないから。

ほんとうのほんとうの本音のところでは死にたくないのです。もともと「死にたい」と誰かに言ったことはあまり無いのですが、それでも「もう死んじゃってもいいかなあ」と言ったことは数回あります。それは聞いた相手からの励ましがほしくてポロッと甘えてしまった一言なのでしょう。

でも、昔も今もとにかく死にたくない。これは一貫しています。怖いし。

そんな怖がりなわたしにとっての、擬似的な「死と再生」の体験は、父から言われた「お前の首の脂肪がもう少し薄かったら冗談抜きで翌日は葬式の準備するところだったぞ」という言葉の意味を本当に理解して、自分が死んだあとの様子をありありと想像し、ガクガク震えながらしばらくのあいだ心底怖い思いが続いたあと、生きていて良かった!と太陽の下を歩いているだけで涙が出てしまうような日常を過ごすことだったような気がします。36歳ぐらいのころ、こういう日々が続きました。

未開人のイニシエーション(成人になるための通過儀礼)に、死ぬような目に遭わせてその後復活、っていうのがありますが、内面的にはそれに似た経験というか。

そういうことがあったので、自分にとって幸せとはなにか、とか考えるまえに「とりあえず生きてる!セーフ!」みたいな感覚のほうが強いです。

でも、もう過ぎたことでもあるので、自分自身でその内的体験を「通過儀礼」と捉えることが出来たのなら、次行ってみよう~!という気持ちで生きています。


2014-04-25 18.30.00
「死も恐怖も隠しようのない現実」

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