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旧 なんかのたまご

無限ノート

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出会ってしまった朧月

多肉にだけは……多肉植物にだけは手を出すまい。

数ヶ月まではそう決めていました。なぜならなんとなくシャレオツな感じがしてしゃらくさいから。w あと、単純に場所が足りないという問題がありました。

だから、なにも知らずにそだてていた三日月ネックレスが多肉だということは一応カウント外ということにしつつ、グリーンネックレスと三日月ネックレス以外は増やさないぞという決意を守ってここのところはおとなしく過ごしていたのですよ。

でも、出会ってしまったのでした。そこら辺の道端に彫刻のように美しくひっそりと佇んでいる(たぶん)朧月。


2013-11-27 15.40.36
ドッキーン!!


このお宅の前は酒屋に行く途中の道なのでしょっちゅう通っていたのですが、足元にこんなに朧月(かもしれない多肉)が密集していることに気付かなかったのです。

なぜならそれまでの数年間、わたしはこのお宅の佇まい全体に惹かれていて、ああ、どんなに隙間風が吹いても良いからこういう家に住んでみたいなあなどと思っていたから。はっきり言ってただのボロい木造の家ですが。

でも、きちんと手入れをしている様子が伺えて、なぜか惹かれるものがあり、通るたびにどんな人が住んでいるのだろうとチラチラ見ていました。

で、本題の多肉ですが、朧月は案外あっさりと手に入りました。


2013-11-29 07.52.59
朧月以外の多肉も増えました


これまた近所の花屋さんに売っていたので3種類で200円。この季節はとにかく凍らせないことに注意しなくてはならないらしいので、必死です。冷え込むと予想される前の夜には家の中に入れて保護しまくっています。

それと同時にアカシア、カポック、ワイヤープランツ、キャットテール、カワラナデシコ、白妙菊、拾ってきたどんぐり、拾ってきたサルスベリの種、拾ってきた得体のしれないナニカ、などを植えているうちにどんどん植物スペースが狭くなってきてしまってどうしましょう、という感じになってきました。

先日チェコの作家、カレル・チャペックの「園芸家12カ月」という本のことを書きましたが、本当にその最初の方に出てくるとおりでした。

ものの考え方が、すっかり変わってしまう。というところ。

雨が降ると、鉢植えに雨が降っていると思うようになります。日光が出ると、鉢植えに日が当たっていると思います。秋から冬に急に切り替わったような寒さを感じた朝には真っ先に自分の鉢植えのことを思い出してアンタたち大丈夫か?!と急いで窓を開けました。


2013-11-23 09.13.24
大丈夫か?!と下に降りたついでになにやら作業を初めていつのまにやら小一時間が過ぎていたりする今日このごろ


そして、わたしは自分のことをさほど愛情深いと思っていない為、そんな風に反応する自分に照れて、万が一通りすがりの誰かに目撃されても植物を愛する奥さん、みたいに思われないように出来るだけむさ苦しい格好をして男らしい仕草でワイルドに世話をするのですが、そういうことをしている自分がなんと自意識過剰であることよ、とまた笑ってしまったりして、とにかく一言で言うなら「楽しい」です。

いとうせいこうの「ボタニカル・ライフ ~植物生活~」にも、植物に水をやっていたりすると必要以上に愛情深い人間だと思われやすい為わざと「俺」という一人称を使っているだとか、ハードボイルドに世話をするだとか苦笑しながら共感する部分がありました。

いい加減に愛したい、という信条は、植物に限らず自分自身に対してもそうしてみたい、かな?




*いとうせいこう「ボタニカル・ライフ」は、ウェブサイトでも読めます。

WATCH SEIKO BOTANICAL LIFE


ボタニカル・ライフ―植物生活 (新潮文庫)
by カエレバ

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ひーとーとーくーらーべーるーなー

ここのところ、ヒゲ生えてきました。

あ、嘘です。ここのところ、ではなくて5年ぐらい前にはもう生えてたんですが、最近またあごひげ増えたー!やべー!イライラしてんなー自分、と思う瞬間がありました。

そんな、イライラしやすいわたしがいちばんイライラするのはどんなときか?紙にいたずら書きしながらビール片手に考えていました。(月曜の昼間なのにビール)

そしてさっき、共通のキーワード群があることに気づきました。

「あのひとはうちらと違ってへいったひとだから。昇格試験受かったんだって」
「誰其さんは負け組だから……あんま関わっても得する事ないよ」
「意識高いですね。僕らのチームとは大違いですよ」

というキーワードに対してイラッとする自分。

これはなぜか?と。

日常生活の中で自動思考的に流れることは

「上ってことはなに?私たちは下で○○さんはさらに下っていいたいわけ?アンタすごく良い仕事してるのになんで自分のこと卑下しとんじゃボケがー!」
「勝ち組負け組?はー?なんだそれ小学校の運動会かよ!死ぬ瞬間まで人生のことはだれにもわからなんじゃドアホがー!」
「意識が高い?低い?そんなもん人によってたまたま調子がいい時と悪い時があるとか直面している状況が違うだけで人生の課題も人それぞれだろがー!」


みたいなことです。

でも、こういうことを心のなかで思いながら、それに対する反論も自分の中から湧いてきます。

・組織を運営する上では縦割りの上下関係を作ることで責任の所在をはっきりさせることも必要であること。そして、昇進試験などに受かるために努力したひとのことを率直に褒め、応援すること自体は良いことだということ。
・勝ち、負け、という字面の印象で表面的に捉えるのではなくもっと違った視点で見てみると場合によってはその表現以外にぴったり来る言葉が無いのではないかということ。しかも発言者はこちらに気を利かせついでに言い添えてくれているだけで悪意はないこと。
・高い低い、という言い方も同様。単に褒め言葉で使っているだけである場合もあるし、それによって意識向上のきっかけになるひとだって居るかもしれないじゃない。そもそも褒めてくださってるのになんで怒るのだよ変だよ。


「だから、そんなにイライラピリピリしなくてもいいじゃない。イライラしてると老化が早まるわよ♡」

……と、退勤後、帰宅しながら頭のなかでひとり会議が進行していることがあります。

それはいいとして、

ここで思ったのは、ではなぜ、わたしはこのような優劣を表現するような言い回しに対して過剰に反応するのか、ということです。

これについては先日お会いしたTwitterの方ともずーーーっとこの話ばっかりしていました。おそらくわたしの性格的なものもあるだろうと。

「他人の生活にあーだこーだと口出しする必要なくね?なんでいちいち比べるん?」

と思ってしまうのです。





実際、みなさんそれそれ違う魅力がありますし、役割も違います。年齢なんて、もっと違います。

それを、どこから持ってきたんだかよくわからん定規で測られて上だとか下だとか高いとか低いとか感想を述べられた、と感じるとムカつくんだと思います。

いま「ムカつく」と書きましたが、この気持ちの湧いてくる理由はなぜかと深く問いかけていくと、わたしには

ひとりひとりが自分の持ち味を好きな方法で好きなように活かせる、そんな世界で生きていきたい、

という気持があるのだなということが分かります。


だからこそ、会社の重役とそうじのおじさんに露骨に態度を変えるひとを見た時ものっすごいムカツキます。お前はサル山の猿か!なんだその揉み手は?!昭和の漫画かよ!と叫びたくなります。

女性陣に対しては、既婚だ未婚だ、子供がいるか居ないか、孫がウンタラカンタラ、夫の職場が云々の会話で上だ下だみたいになると馬鹿かおめーはくだらねーこと言ってんな!って叫びたくなります。

だからと言って人間はみんな平等なのよ、とか思っているわけではないです。ひと一人の人生にはものすごいドラマがある、とわたしは思っているので、上だー下だーと服や立場や年齢みたいなことでグダグダ言ってる場面に耐えられないのかもしれません。

今書いたようなことを顔に出したり言葉にしたことはありませんが、うすうすバレてたりして。

いい年してなに青臭いこと言ってんだ、って思われそうですが、そういう場面に遭遇することが増えたので、これはネタになる!いつか書く価値がある、と思って頭の片隅にメモしつつ、自分の中に流れる自動思考の観察もしています。しかし、これってある程度たまると吐き出したくなりますね。いつか、小説の形でおもいっきりデフォルメして書いてやるー!なんて思ったりもしました。

逆に言うと、これまでの人生は頭のなかお花畑だったなぁーアハハってかんじです。

このことについてはまた時間を経るうちに自分の考えも、視点も広がってくると思いますので、考えが変わるかもしれません。

ひとつ、確実に言えることは、このようなことも含めて、ぜんぶ勉強になってます!ということです。


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バタバタしてるうちに秋終わっちゃったよ
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「そのままでよし」

おはようございまーす!!イェイイェイ!

今週は「激動」って言葉がピッタリの一週間でした。我を張らないとか言い出したとたん物事がガーっと確変中。


2013-11-21 10.13.13
このとき思い出したのは「根拠の無い自信をもつ」という言葉でした

【関連】
「根拠のない自信を持つ」 長倉顕太×ワタナベ薫 「美人になる方法」対談 より 2013/06/03 Mon. 23:18 - なんかのたまご

と言っても今日もう一日〆の勤務です。家を出る前に思ったことを。

1.コンフォートゾーンは案外簡単に広がる!

2.「スタンド使い同士ってのは...どういう理由か...正体を知らなくても...知らず知らずのうちに引き合うんだ...」byジョジョ4部 は本当だということ!

3.やりたいことや夢がなくても全然オッケー、目の前にあることに誠実に、で十分。ということ!


です。

先日、緊張がピークに達して吐きそう、みたいなときに空を見上げました。スーツ着た人間がぞろぞろ固まって移動している中に自分が紛れ込んでいるという状況に耐えられない、みたいな気持ちで、このまま駅の方へ足を向けて帰ってしまえー、なんて考えがよぎりました。

そしたら、

「そのままでよし」

という声がどこからとも無く聴こえてくるような気がしたんですよ。

たまたそこに紅葉しているでっかい樹木がそびえていたのでそんなふうに感じたのかも。

青空と紅葉した葉のコントラストが美しかったです。そのあとはブレイク・ジ・アイス的なおもしろハプニングがあり、打ち解けた雰囲気の中でリラックス半分、気持ちのよい緊張半分、という一日を楽しむことができました。

今日からはまた新しいことを覚える日々ですが、楽しく行ってきます。


2013-11-23 09.39.59
行ってきまーす
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出来なかったことが出来るようになる喜び ― 暗算の達人

人生に役立つかもしれない「真ん中らへん」の考え方 - なんかのたまご 2013/11/19 Tue. 12:52 に書いたとおり、さっそくやってみました!暗算、計算。

先日ポチりましたと書いた2冊のうち、最初に手に取ったのは『計算力を強くする―状況判断力と決断力を磨くために』のほう。

計算力を強くする―状況判断力と決断力を磨くために (ブルーバックス)
by カエレバ


この本のまえがきには、暗算・計算力というのは、スポーツにおける「走ること」のようなもので、どんなに他の技能が優れていても走ることが苦手な選手は相当なハンディキャップを負う。それと同じく、計算力がないだけのことで数学が苦手だと思い込んだり自分には○○は向いていないと諦めてしまう大人が多いと書かれています。

まったくその通りだと思ってさっそく取り組んでみました。

が!しかし!

いきなり

14×45=?(制限時間3秒)
48×15=?(制限時間5秒)
39×41=?(制限時間5秒)

みたいな問題が並んでいて全問不正解。はははははは!!って笑ってしまいました。


2013-11-19 19.14.28
問題を見た瞬間「これ、計算機使わないと無理じゃね?」と思いました


でも、いざ、最初のテクニックを読んで次の問題に取り組んでみると、なんと出来ました。計算機を使わずに二桁のかけ算。

これは手品の種に似ています。

上の3問のうち、一番上の解き方はこうです。

14×45=(2×7)×45
     =7×90
     =630

というのを頭のなかでやります。

つまり、2で割れる二桁と5で割れる二桁のかけ算だったらこのように分解して頭のなかでパッとやってしまえばいいですよ、というテクニックを教えてくれます。これには感動しました。

面白くなったので今年いっぱいはこれに取り組んでいこうと思います。


2013-11-21 07.55.04
目次はこんな感じで、実践的なテクニック集なムダのない作り




もう一冊の、『暗算の達人』は、非常に評判の良い本で、計算力を鍛えることをビジネスに活かすみたいな発想よりもむしろ「数学マジック」の種明かしを読んで、自分も身につけて、楽しみましょう、という雰囲気の本です。まえがきに何度も「楽しむ」という言葉が出てきた気がします。


暗算の達人
by カエレバ


ジェームズ・ランディによるまえがきに、「私は子供の頃、数を25倍するには0をふたつ書き加えてそれを4で割ればいい、と教わったときの嬉しさをいまでも忘れません」とあります。まさにこの気持ち。わたしが19日の夕方、Amazonからの便を受け取って、一時間ほど紙とペンを持って二桁のかけ算を生まれて初めて正解した時、同じように感動しました。

この「出来なかったことが出来るようになる喜び」というのは、何歳になっても変わりませんね。実を言うと最初の一冊では、まるでファミコン時代のマリオの裏ワザを初めて知った小学生のように

「おおおー!!!すげーーー!!!」

と大興奮していたのですが、2冊めのまえがきは、科学者の書いた本であり、それほど情緒に訴えるような文体でないのにも関わらず、

「楽しみましょう」「声を出さずに大声で考えるのです」「宇宙が数でできているなら、本書を通して宇宙の神秘に触れるのです」

という部分や、花を上から見た時の螺旋はフィボナッチ数列というもので表せること、貝殻の曲線は対数螺旋と呼ばれる数学的曲線であること、宇宙に散在する星団の動きも数式で洗わせること……など、ドキドキワクワクするような導入部分で感極まってちょっと涙が出ました。(本当のことを言うと、声を出して泣きました。訳の分からない感情がワーッと湧き上がって、嬉しくてたまらなかったです)

もともとこんなことが大好きで、天球儀や昆虫の本や顕微鏡を大切にしていた子供時代にもどったような気持ちで、からだじゅうが震えるようなワクワクです。

この喜びに勝るものなし!!と思いました。


2013-11-20 12.10.05
文句なしに良書です


とは言え、まだ最初のほうをざっと読んだだけであり、相変わらずかけ算九九をところどころ間違えて覚えている為、単純な計算ミスがすっごく多いです。

だけど、興味を持つこと、楽しむこと、というのがどれほど大切なことかを思い出しました。

苦手克服!と眉間にシワを寄せて苦しみながらやるのではなくて、なんだこれすげえええええーーーーー!!!!とお調子者の小学生男子になったような気持ちで引き続き読んでみます。

さて、今日は人前で喋る本番です!!

大勢のひとのまえで喋るのは、2012年の4月、7つの習慣大賞のとき以来です。

しかもわたしスーツ持ってないもんだから、また適当な格好で間に合わせようとしていたら今回はきちんとしたジャケットとシャツを貸していただくことが出来ました。スーツぐらい買えよってかんじですね。ウエストあと10センチ絞ってから買います。

とにかく、きょうは一日、楽しんできます!
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人生に役立つかもしれない「真ん中らへん」の考え方

先日、複数のひとから「筆算ってあるじゃん?」「なんで他のことができるのに8たす6みたいな一桁の計算が出来ないの?」と言われて「それっていつ頃習ったんだっけ」と聞いたら小学校低学年で習うそうです。

その当時、というか、小学校六年間を通してわたしは一度も宿題を提出したことがなく、おまけによーーーーく思い出してみると小学校の前半は3番目の妹が亡くなったあとで、家庭環境にもいろいろありまして、わたし自身もその当時の記憶がありません。そりゃー「ひっさんってなんだっけ?」となってしまっても仕方ないわなーと思いました。

まあその当時どうだったか、というのは置いといて、いまからやりゃーいいじゃんという結論に至ったのでやります。


2013-11-19 11.42.48
「おお!こんなのありますよねー!いつ習うんでしたっけ?どこに何を書けばこうなるんですか?!」と大騒ぎするわたし


ところで、ジェロルド・J. クライスマン著『境界性人格障害(BPD)のすべて』という本に、こんな部分があります。

第五章「理解と治療」というところですが、境界性人格障害の傾向のある人全てに言えることは、極端から極端へ揺れ動く思考や行動のパターンを、小さなことから少しずつ修正(行動に寄る修正)していくのが効果的な治療であり、安定したアイデンティティを確立するまでの道のりは、誰かに寄りかからずとも一人で立っていられるようになること、寄生ではなく共生の関係を築くことがひとつの到達点であるというようなことが書かれています。

具体的に言うと、自分をないがしろにしてまで他者への気遣いに専心する、というような行動をとっているとき、もしかしたらその人は自分のことを価値のある人間だと感じるために必要以上に頑張っているのかもしれません。

これは、見方を変えれば「愛他的な利己主義」だとこの著者は言っていますが、自分自身の心理を振り返るとまったくそのとおりだと思います。


2013-11-19 11.43.07
だいたい真ん中の円に近いところに持ってくる


「思いやりをこえた犠牲的精神」と「まったくの無関心」のどちらにかたよることもなく、できるだけ真ん中らへんに。
「過剰な罪悪感・自己否定」と「他人への非難・自己への過大評価」の両極端を行き来するのではなく、できるだけ真ん中らへんに。

このトレーニングを積み重ねていくうちに自分にとって大切なことを優先した上で他者の力になることもできる「利己的な愛他主義」といえる姿勢を自分のものにすることができるのだと。


この本の中に、不安定なバックハンドを改善しようとするテニスプレイヤーの喩えが出てきます。最初は新しいスタイルは馴染みのない打ち方だからこれまで通りのバックハンドの打ち方をしたい誘惑に駆られる。しかしそこをぐっと我慢して正しいバックハンドを練習し続けるうちに正しいフォームが身についてくると。

これは心理的な変化にも置き換えることができるとのことです。

たとえば頼まれごとに対してなかなか「ノー」と言えない、というひとは多いと聞きますが「ノー」と言えない癖を辛抱強く行動修正することはまさにバックハンドの打ち方を正しいフォームに直すためのトレーニングと同じようなことであって、最初は困難を感じたとしても積み重ねによって改善可能だということなのでしょう。


2013-11-19 12.23.14
「つまり、こうだろ?」 by セロ弾きのゴーシュ


この、いろんなことを真ん中近くに持ってくる、というのはワタナベ薫著『美人になる方法』に「美人は案外ハードルが低い。外見、内面、バランス良くトータル平均50点を目指せば十分です」という趣旨の章があり、生きている上で避けて通れないさまざまな困難にどう対処していくかというヒントなどもたくさん詰まっています。再読しつつ行動を積み重ねていくうちにまた理解が深まり新しい発見があるのかもしれません。

で!話を戻して自分の全生活を振り返るととりあえず筆算や暗算について取り組むのはいまのわたしにはタイムリーなんじゃないかと。

だいたい50点なら、ボコっと凹んでいる「算数が苦手」という箇所を平らにするってイメージで、必死に頑張らなくてもなんとかなりそうな気がするんですよね。それと、本のレビュー読んでいたらやる気が出ました。Amazonは今朝頼んだから夕方には届くでしょう。早速今夜から取り組んでみます。wktkしながら!!


計算力を強くする―状況判断力と決断力を磨くために (ブルーバックス)
by カエレバ


暗算の達人
by カエレバ
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