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旧 なんかのたまご

無限ノート

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恩返しはバトンリレー

ひさびさに記事を書いたことと、自分以外のひと (フラッパーガールさん)の取り組みの様子を読んだら、いろんなことを急に思いだしました。

以前、恩人ならぬ「恩台詞」 - なんかのたまご 2014/08/16 Sat. 09:22 と、 あとになって染みこんでくる言葉 - なんかのたまご 2012/10/20 Sat. 08:28  のなかに、Maglie(マリエ)さんという方の「ズルくない生き方をする」という一言によってどれほど大きな影響を受けたかということを書きました。 (執着を手放すと執着できなくなる:ズルくない生き方をする|Maglieの美肌・美髪・美生活

先日も、このことを思いだしていました。横断歩道を待つ間、まだ春の風というには冷たすぎるスキッとした空気を深呼吸しながら。

その日、わたしはなんの用事で出かけていたのか忘れてしまいましたが、ふっとよぎったのが、

「いまみたいなシチュエーションのとき、大昔のわたしだったら手抜きかバックレかズルして嘘ついてただろうなぁ。でもそれをしなくなっただけでなく、そんな発想が浮かばなくなって久しいよな。いやはや、ずいぶん真人間になったもんだわ。ハハハ……」

こんな考えです。


2015-04-03 09.55.07
この自分が薔薇買っちゃうなんて!マジか!


ちょっと笑いそうになったあと、不意に涙がこみ上げてきました。なんでかっていうと、今頃ひどい暮らしをしていてもおかしくないのに真っ当に生活して、笑っている。ごく普通の市民として歩いている。それが奇跡のように思えたからです。信じられないほどの幸福だと。

で、前述のマリエさんの「ズルくない生き方をする」というブログが思い出されて、連鎖的に恩台詞のことも思い出しました。

「恩」って言葉を使うと、なんだかその恩を受けたひとにお返しみたいなことをしなきゃ、って思うのが以前のわたしでしたが、いまは違うのです。

まず「しなきゃ」っていう義務感みたいな重苦しさがないのでラク。

んで「恩を返すのは受けた相手、っていうよりも別の人にリレーのバトン渡すみたいにするんだい。その行動はいままさに続けているグレートヒューマニティー第一回目の陰徳ってやつでオッケー」 という自分の中からの声が湧いてきて、あら~、そんな発想どこから来たんだっけ?とちょっと不思議に思いました。


これ、あとから夢の中で気づきましたが、友人からのひとこと。それに影響を受けたっぽいです。

ありありあるさん (LINO LERA)という方が言ってくれたのですよ。「必ずしも恩を受けた相手にその恩を返さなきゃいけないわけじゃないと思うよ」と。

なるほどーたしかにー、と、この日わたしはすっごく気持ちが軽くなったことを覚えています。もちろん、自然な感情が湧いてきて結果的にありがとうー!って気持ちが形になってそれが恩返しみたいになることはありますが、まるで義務のように自分を犠牲にしたりする発想が浮かびづらくなりました。言い換えれば受け取り上手になった?他人を信じられるようになった?のかもしれません。


それともうひとつ。

ワタナベ薫さんのブログ記事に、こんなのがあったのを思い出しました。

ワルシャワである男性から学んだお金のこと: 美人になる方法 

部分引用しようかと思いましたが後半ぜんぶ引用したいような内容なので、ぜひクリックしてお読みください。すごいなーって思いました。この、ポーランドのご夫妻。

そういえば以前、募金について照れくさいだの恥ずかしいだのゴチャゴチャ考えた挙句にこっそり誰にもばれないようにとかいま思うと笑っちゃうようなことを言っていましたが、そう、そんなことにこだわる必要ないのですよ。反射的に募金したくなったら小銭入れる、気が向かなければしない。この団体ほんとうに怪しくないかしらだとかゴチャゴチャ考える前に身体がかってに動いて、で別にいいんじゃね、と。(それに、わたしの言っている募金ってのは数十円とかのお釣りレベルだったりするのでいちいち大げさに悩むようなことではないのですよw)

目の前にごみが落ちていたら拾う。とか、道を聞かれたら快く教えてさしあげるとか、いつも通る道に危険なものが落ちていたら適切な連絡先に電話して整備されるようにお願いするとか、ごくごく普通の、善行とも言えないようなことばかりです。

これすら、以前のわたしはやりませんでしたからね。ははは!

それどころかごみ出しのルールは守らないわ夜中に騒ぐわ平気でウソついて学校やバイトサボるわでどうしようもない感じだったので。

若い時はそれで良かったかもしれないし許されたかもしれないけど、もう、いまはそういうことをしたくありません。


2015-04-03 11.06.47
Howard Wills prod pdf文中 より 「わたしたちは自分に嘘をつくことはできない。他人をうまくだますことはできるかもしれないけれど。そしてそれはあなたの気分を悪くさせる」


どんなに上手に他人を欺くことができたとしても、自分自身をだますことは絶対にできないと心の底から納得したのでした。そして、自分に嘘をつき続けるとほんとに具合が悪くなってきます。というか若い時に病気したときの遠い原因ってそういう罪悪感の積み重ねなんじゃないの?って笑えるときがあるんですよ。

ちゅーわけで、わたしはいろんなひとから受け取ったもの、物質も目に見えないものもぜんぶ、ありがたーく遠慮なーく受け取ろうと思います。そして気前よく回します。あげたい人にババンと!

そんな単純なことが、幸せなんです。ほんとに。

category: 2013年 グレートヒューマニティ・偉大なる人間性

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グレートヒューマニティー で得たもの

ふとした拍子に、グレートヒューマニティー音声 (心地よい人間関係をデザインするGreat Humanity【株式会社WJプロダクツ】) のこんな部分が脳内再生されました。

「ぜひ、グッドではなくグレート。つまり、優良さではなく偉大さを目指していきましょう」

たぶん最終回の最後の方の言葉だと思います。雑用などしていて、ふと、ジェイムズ・ヘリオットの本が並んでいるコーナーに目が留まりました。最近朗読している本です。

そして、さっき初めてこんなことを思いました。

偉大だ。みんな

わたしが辞めることに決めた職場や、すでに疎遠になったひとびとも、いま、不思議な縁で近くにいるひとも、そして、毎日一緒にいる夫も。それどころかそこら辺に生えている植物も川も空も海も。

All things wise and wonderful. 「邦題:Dr.ヘリオットのおかしな体験」

というタイトルの小説がありますが、このタイトルのとおりです。


2014-03-20 15.15.19
ジェイムズ・ヘリオット 再生リスト - YouTube 


そして、みんな Great!

「偉大なる人間性」などというと、なんとなく高尚というか一般人である自分にはむりむりーみたいに思って尻込みしちゃいそうですが、それでも2013年をこの音声とともに過ごしてきて、いま、そう思います。

わたしが親愛の情を抱いている人々も、そうでない人々も、まだ知り合っていない人々も。もう二度と会えないひとも。

そのときそのとき、瞬間の姿はもしかしたら泥まみれだったり醜かったりするかもしれない。だけどやっぱりみんなグレートなんだーという気がしました。

汚れた手は洗えばそこそこ綺麗になる。そして、魂にまで刻まれてしまったような汚れや傷は、そのままにしておけばいい。

たぶん、ね。

絶対、なんて言えませんからね。こればっかりは。

ただ、生きていてくださいね。

こう思うようになったことが、2013年度のグレートヒューマニティー音声プログラムに参加した一番の収穫だ、と思っています。


2014-03-20 14.59.02
「私」を中心とした同心円の周りは常に変化しているので……

category: 2013年 グレートヒューマニティ・偉大なる人間性

thread: 日々のできごと  janre: ライフ

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誰にどう思われるか / エーリッヒ・フロム 『愛するということ』 第二章 1.愛、それは人間の実存の問題に対する答え 2/2

さきほど2013年の音声プログラム「グレートヒューマニティー」の収益からどのように寄付されたのかの明細が公開された記事を読みました。

2014年音声プログラム ”叶え力”募集開始です: 美人になる方法|毎日感謝を忘れずに潜在的美意識を高めて美人になりましょう

そこの前置きに、売名とか陰徳じゃないとか非難もありましたが、もう、そういうのはどうでもいいですみたいな一言が添えられていて、心のなかでまったくそのとおりだ、と思いました。

それから、わたし個人はなにかしたいと思いながらもなかなか実際には継続的に寄付などができなかったため、単に詳細を知ることが出来て嬉しかったです。勉強のための教材費、というつもりで大昔に振り込んだお金の一部が震災復興、プラン・ジャパン、ユニセフなどに寄付されているのだったら、良かったじゃん。と、嬉しい気持ち、というか。


2014-02-11 10.19.08


そして、それを誰にどう思われるか、ということもどうでも良くなってきました。

だって、言いたい人は結局言うんですもの。

あるとき、自分がどんな行動をとろうが結局は誰かしらにごちゃごちゃと噂だの批評だのされていることに気づいて、「そんなもんいちいち聞いてられるかようるせー」と思いました。そしてその人間関係から距離を置いたらとってもラクで、自由で、たとえ寂しいと感じる瞬間があったとしても、のびのびと自分らしく存在していられることの貴重さみたいなものには代えがたいと感じるようになりました。


やはり、2012年の美人のライフクオリティ向上プログラムも2013年のグレートヒューマニティーも、第一回目の音声の内容というのはとても重要な事が語られていると思います。グレートヒューマニティーについて言えば、

「なにか良いことをして、それを誰かに賞賛されたらそこで徳を積むという行為としては完結してしまい、見返りもそこでおしまいです。ほんとうの徳は陰徳、さらに、見返りを期待せずただ当たり前の行為として行うこと、それが老子の説いた、上徳です」

みたいな意味のところがあります。だけど、別に陰徳じゃなくても上徳じゃなくてもいいと思います。


わたしはグレートヒューマニティーの最初の頃、たしか「ばれないようにこっそりやる」などと言いながら小さなこと、ほんとうに数十秒ぐらいで済んでしまうような小さなことを習慣化するぞと決めました。

見ていても、見ていなくても、ということは - なんかのたまご 2013/03/06 Wed. 09:17

で、同じ行動を続けているうちに別にばれないようにと力む必要ないじゃん、という気持ちになってきて、そのうちふと視界に入ったゴミをついでに拾ったりすることに抵抗が少なくなり、最終的にはお前らが見ていようが見ていまいがしらねーよかんけーねーよみたいな仏頂面(まだ照れが取れていません)ではありますが、ゴミを拾うなら拾う、サッと掃除するならする、と、統一した行動が板につきつつあります。どっちかに統一しないと自分自身が気持ち悪い。やるならやる、やらないならやらない、と一貫性を持たないと不愉快なのです。

それからもうひとつ。

先日怒りの朗読、などと書きましたがあれの続きを読みました。



エーリッヒ・フロム 『愛するということ』 第二章 1.愛、それは人間の実存の問題に対する答え 2/2 - YouTube


ここにちょうど出てくるのですよ。

「一番広く浸透している誤解は、与えるとは、なにかを『あきらめる』こと剥ぎ取られること、犠牲にすること、という思い込みである」

「物質の世界では、与えるということはその人が裕福だということである。たくさん持っている人が豊かなのではなく、たくさん与える人が豊かなのだ。ひたすら溜め込み、何か一つでも失うことを恐れている人は、どんなにたくさんの物を所有していようと、心理学的にいえば貧しい人である。気前よく与えることのできる人が、豊かな人なのだ」

「与えることは犠牲を払うことだから美徳である、と考えている人もいる。そうした人たちに言わせると、与えることは苦痛だからこそ与えなければならないのだ。彼らによれば、犠牲を甘んじて受け入れる行為にこそ、与えることの美徳があるのだ。彼らにとっては、もらうより与えるほうが良いという規範は、喜びを味わうより剥奪に耐えるほうが良いという意味なのだ」

「しかし、与えるという行為のもっとも重要な部分は、物質の世界ではなくひときわ人間的な領域にある。では、ここでは人は物質ではなく何を与えるのだろうか。自分自身を、自分のいちばん大切なものを、生命を与えるのだ。これは別に、他人のために自分の生命を犠牲にするという意味ではない。そうではなくて、自分のなかに息づいているものを与えるということである。自分の喜び、興味、理解、知識、ユーモア、悲しみなど、自分のなかに息づいているもののあらゆる表現を与えるのだ」


エーリッヒ・フロム「愛するということ」第二章 愛の理論 より引用



ワタナベさんは、寄付の詳細を公開したことによって、フロムが言うところの「自分のなかに息づいているものの表現」をわたしに与えた(結果的に)。ということになるのではないかと思います。

見えないところで積む徳や、物質的、金銭的に何かを与える行為はまた別のところで、だまって淡々とやればいいわけで、公開すること自体は他を感化する精神的能力としてまさに徳そのものなのではないかと解釈しました。実際にそのようにわたしに作用しました。

さて。

これを自分自身にも当てはめてみると、今日一日をどう過ごそうか、と、また気持ちが新たに切り替わります。とりあえず笑顔ですかね。

先日はランボー怒りの朗読、なんて書きましたが、わたしが怒っているのはどうやら「人間はなぜ死ぬと決っているのか?」だとか「なぜ人間は苦しむのだろうか?」みたいなことに対してのようです。人類が長い歴史をかけて宗教や哲学の分野で語りに語り考えに考え続けても決まった答えは出ていない、そんなどでかいテーマにインスタントに答えがでるわけがない。まして怒ったところで仕方がない。

だから、とにかく笑って過ごすことぐらいですね、わたしが今日できることは。

雪の中を出勤、って、長年家でぬくぬく暮らしていたわたしにはハンパなくめんどくさいんですが、ブーツを履いて雪を踏みしめる感覚、膝まで埋まってしまうほどの雪、みたいな経験ってめったに出来ないので、今年はそれを満喫中。そのうち仕事自体も辞めますけどね。

では、本日も張り切っていってきまーす!


【追記】

なんと!ちょうどいまNHKのEテレでフロムの愛するということについてやってるらしいです。さきほどコメントで教えていただきました。

次回の放送前に録画予約しとこうと思います。なんてグッドタイミング!

NHKオンデマンド | 100分de名著 フロム“愛するということ” 第1回 愛は技術である

(*)この番組の再放送が、2/12(水)の12:25からあるみたいです。いま番組予約をしていて気づきました。

いい人が見つからない、すぐに相手にあきてしまうなど、愛には難しい点が多い。実はこうしたことは、現代人の悲しい性(さが)だとフロムは考えた。私たちは資本主義市場での“好都合な交換”に慣れているため、相手が条件にあうかどうかを気にしがちだ。そして“恋愛市場”のどこかに運命の人がいると思っている。フロムはこうした考えに警鐘を鳴らした。そして愛するには、技術が必要なのだと説いた。第1回ではその真意に迫る。


category: 2013年 グレートヒューマニティ・偉大なる人間性

thread: ある日の風景や景色  janre: 写真

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グレートヒューマニティー偉大なる人間性 2013年開始からの変化 その2

その2です。

もうひとつ。これは昨日気づいたことなのですが、

本や他人に正解を求めなくなった。

これが一番大きな変化です。











一昨日思いつくままにTwitterに書き散らしたことですが、この日はエーリッヒ・フロムの本をすぐに帰宅して読みたい、という気持ちだったところで、ふと立ち止まったのです。



2014-01-31 21.23.43
まてよ?自分で考えてから読んでも遅くなくね?


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ここから先なにか書いた気がするのですがブログの操作を間違えたらしくて消えました。

なに書いたんだっけ。


ああそうそう、ワタナベ薫さんの音声プログラムをやっていると、「質問」される(課題が出る)のですよ。

その課題は「今月は○○をしましょうね」みたいな課題はほとんどなくて、あなたが思う○○はどんなことですか?とか、なぜ、そう思うのですか?とか、もしいま30%だけ△△な行動ができるとしたらあなたはどんな分野から手を付けてみたいですか?とか、とにかく考えるのは自分なのです。自分で答えを出して自分で取り組むことを決めて自分で期日も決めて自分で行動

もちろん書き出しも行動もしない、今月はパス!という選択をするのもそれはそれでよし。という感じ。


2014-02-01 06.49.06
あなたの中から出てきた答えは、あなただけの真実


そうやって2012年~を過ごしてきたら、だんだんと「自分の頭で考える」というクセがついてきたように思います。それと、こんなこと言ったらひとから変に思われるんじゃないか、みたいな不安が減ったので自由度が増した感じがします。

エーリッヒ・フロムの「愛するということ」の続きは、またゆっくり読みます。

答えをしらないままあともう少し、ひとりで考えてみようかな?


category: 2013年 グレートヒューマニティ・偉大なる人間性

thread: 人生を豊かに生きる  janre: 心と身体

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グレートヒューマニティー偉大なる人間性 2013年開始からの変化 その1

心地よい人間関係をデザインするGreat Humanity【株式会社WJプロダクツ】

のCDが届きました~。1週間ぐらい前に届いていた気がしたのですが、まだパッケージをあけてもいません。


2014-01-31 21.15.59
封筒まで美しいわ


で、いま一年を振り返りついでに上記リンクのページを見に行ったのですが、そうえいば、後ろでなっているポーという音。そういえばあれって若返り音声でしたね。そして、今回は声の位置が移動する特殊な録音方法。さらに、速聴バージョンが1.5倍、2倍、3倍、4倍、と、盛り沢山な内容だった気がします。

わたしは2013年2月ぐらいの申し込み時期にペイパルで一年分を一括払いしたので一ヶ月分お安くなっていて870円/月みたいな金額で受講しました。それに、リアルタイムに同じものを配信されている方々が何千人もいるんだよなぁって思うと、楽しいっていうのもあります。

で、2013年2月から2014年1月末までをグレートヒューマニティーとともに過ごしてきて、どうだったか?

まだまだ取り組みは続くのですがここで一回振り返りをしてみます。

まず、第一回目の音声の徳を積むというテーマについて、振り返りました。美人のライフクオリティ向上プログラムのときもそうでしたが、第一回目というのはとても重要な裏テーマや深い内容が盛り込まれているように思えてなりません。

きっとあと一年後、二年後……に聴くとまたちがうことに気づいたり、自分の考えが深まったりするのだと思います。

【過去記事】
グレートヒューマニティー 第1回:天を味方に付ける徳の積み方 - なんかのたまご 2013/03/05 Tue. 22:32
見ていても、見ていなくても、ということは - なんかのたまご 2013/03/06 Wed. 09:17
グレートヒューマニティー 第1回:天を味方に付ける徳の積み方 を一ヶ月聴き続けてみて - なんかのたまご 2013/03/28 Thu. 10:33

この、最初の方の取り組みを見ていて思ったのは「じぶん、変わったじゃん!」ということです。


2014-01-06 21.02.41
やるじゃん


いまは、バイト先のムカつくおばさんに一升瓶の醤油ぶっかけて機械に挟む妄想とかしないですし、もっとぶっちゃけてしまえば一ヶ月に一度ぐらいの頻度でやらかしていた、感情に振り回されて大酒飲んで自傷行為で血の海で起床。後悔。みたいなこともなくなりました。(そういうことをしてしまう自分だったことをすっかり忘れてました)

ラクです。

この、「ムカつくおばさんに醤油」発言は半分ネタ、半分本音なのでしょうが、おそらく工場へアルバイトに行っていた時期の投稿なのでしょう。たぶん。

でもいまの職場では、きつい物言いをされようが挨拶を無視されようがそこら辺にゴミが落ちていようがあんまり気にしないというか、左様でございますか。みたいな感じで受け流すか、落ちているものならさっと拾って捨てればええやん。みたいな行動パターンに変化しています。

その後のプログラム内容にも多くのノートを費やして、たくさんの発見→行動の変化→嬉しいこと、とうい流れを何度も経験した気がします。

でもそれってその最中にいると変化していることに気づかないのですよね。

一年、二年、という期間で振り返ると確かに別人。


2014-01-11 11.51.44
すてきだ!


これが、聞き流しの力か……!!

と、驚いています。(今年は昨年よりも書き出しをした量がすごく少ないのです)


まだ倍速音声をあまり聴いていないので、一年が過ぎちゃったけどまだグレートヒューマニティー聴くと思います。

CDが発売されるそうですが、これから買おうかどうか迷っている方がいらしたら、 カテゴリグレートヒューマニティ・偉大なる人間性 2013 - なんかのたまご に、取り組んできた一年分の日記が残っているので参考になさってみてくださいね。

(いま、別のブログにグレートヒューマニティーカテゴリだけ抜き出してインポートしました。古い記事が上に来るように設定してあります。24時間以内には反映されるでしょう)

心地よい人間関係をデザインするGreat Humanity【株式会社WJプロダクツ】 に取り組んだ記録 2013年


category: 2013年 グレートヒューマニティ・偉大なる人間性

thread: 人生を豊かに生きる  janre: 心と身体

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