03// 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30. //05

旧 なんかのたまご

無限ノート

サイト内検索

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

category: スポンサー広告

[edit]

trackback: --   comment: --   

page top△

やたら楽しい

ちわっすちわっす。

ふわっと再開したこのブログ。
内容も方向性も深く考えておらず、少し前までは放置しまくっていました。

が、一年ぶり?ぐらいにふたたび書き始めて思ったんですよ。

無料ブログじゃないところで書けばよかった。と。

良く聞く話ですよねぇ。

何年か無料サービスで書いちゃって、あるとき「やっぱサーバー借りて最初からドメインとってやりゃーよかったー」って。このブログはただもう思いついたことをだらだら書いたり日記だったりその時取り組んでいることだったりと、内容がバラバラだし、無料でいいやーと思っていたんですよ。

が、しかし!

やっぱり引っ越ししたくなったですよ。

ここから先はなんたら.comに書きます~って書いて続きを書いてもいいんですけど、どうせならこれまでの分も引っ越したいです。なぜなら、fc2は3ヶ月ほど記事を書かないと広告がものっすごくいっぱい出ちゃうから。

というわけで、そのうちエクスポートしてワードプレスでインポートして変更すべきリンク先だとかをちょこちょこ修正して、みたいなことを暇なときにやってみようと思います。

はっきり言ってめんどくさいですが、こういう作業が大好きであることもまた事実なのでした。ソースとにらめっこするの大好きなのです。

ちゅーわけで、引っ越ししたらおしらせしますので、気長におまちくだせい。

おっと、

あと、今でも読んでくださっている方ありがとうございます。

こんごともよろしく!イェイイェイ!
スポンサーサイト

category: 日記

[edit]

page top△

ここにあるものしかない

しーずかな朝です。

ひととおり家事を終えて、こうしてパソコンの前に座ったとき、聞こえるのは遠くの鳥のさえずりと、時計の針のチッ、チッ、という音。
わたしが静止すればそのほかは、ほぼ無音で、窓からは朝日が差し込んでカーテンに洗濯バサミの形の影が揺れています。

キーボードで文字を打てばキーの音がして、呼吸音に注意を向けるとおなか、胸、のど、鼻のあたりを空気が通過していくこと、心臓が血液を送り続けていること、臀部に自分の体重がかかっていること、などなど、を体感するのだけど意識しないときはいちいちそんなこと考えていない。かんがえてないのにちゃんと息はしてるんだなぁすごいメカニズムだなぁとか取り留めない雑思考が浮かびます。浮かんでは消え、雲のようだなとまた考える。

お。

今日はビンごみの日なので、回収する音が聞こえ始めました。

これからちょっとした作業を終えて、昼すぎに出かけて、帰宅したらお風呂に入ってまた少し作業して、寝るのでしょう。寝て起きたらまた明日の朝がきて、外郎売りを読んでまた一日過ごすのでしょう。

と、いま、思ってるけど実際どうなるかわかんないです。

ここにあるものしかない。ここにあるものでじゅうぶん。
体を包んでいるパーカーの裏地のふわふわした感触とか。そういうもの。

結果、こうだった、といういま。

イイね!

category: 日記

[edit]

page top△

エゴが暴走した日


昨日昼ごろ、いつのまにか眠っていて、起きたらいろんなところが切れていました。

久しぶりです。

わたしは断酒をしているのでお酒の勢いで自傷行為をすることはなくなりましたがそれでもいまだにその癖が残っていました。が、深く切れる刃物を一切家に置かないようにしているので大したことはなくて、ホッとしました。

記憶をたどってみると、わたしが怒りの爆発を制御できなくなったのは19日の朝。きっかけは夫のほんの些細な一言ですが彼は悪くありません。そして映像記憶で一番印象強いのは風呂桶の水に向かってスマホを投げている自分の右手。その直後コンビニへずんずん歩いていく途中、「酒」という看板にしか意識が向いていなかった自分、です。

でもお酒は買わずに済みました。

幸いそこのコンビニ、ノンアルコールビールがおいてあったので。

そのあとのことは覚えていませんが、ともかく目が覚めたとき思いました。「酒飲まなくて良かったーーーーーーーーー!!」と。

その後、帰ってきた夫に事情を話すなどいろいろとありましたが、いま、中途覚醒しておきてブログ書いてます。


2015-01-16 10.53.35



いま、静かなこの時間にひとつわかることがあります。

わたしは昨日の朝、怒りがはじまった瞬間からエゴに振り回されて過ごしたな、みたいなことです。先日エックハルト・トールの「ニュー・アース」を読んで、この本すごいと思ったので著者の講演動画を良く見ていました。

エックハルト・トール 『エンライトメント~人生の目的~』(DVD) PV --ニュー・アース・シリーズ#3 - YouTube

このDVD抜粋では、人生の目的は二重の構造があり、まず第一の目的、それはいまここに100%あることだ、といいます。第二の目的はなにかを成しとげたりする場合もあるでしょうが、と。

その第一の目的の例として、いま、自分の目的はここに座って話をすること、みなさんの目的はそこに座っていることです、と。

このあと (14分すぎごろ) エックハルト・トール氏はグラスの水を飲むのですが、これがいまのわたしの目的です。と言います。飲み終わったらグラスをテーブルに戻すのが目的。

普通の飲み方も実演していますが、ちょっと笑ってしまいました。わたしがまさにこれを極端にしたような人間だからです。コップに手を伸ばしたときには口へ急いで持っていこうとし、水を飲み始めた瞬間にはもう洗い物のことを考えていて、おざなりにコップを洗っている最中には置く場所が狭いことを心のなかで愚痴りながらフキンに目をやり、コップを置くときにはすでに次の家事のことへ関心が移っているからです。だからよくモノを落とすし壊すしコーヒーを飲んでいるときに口のわきからこぼします。


ぱーぱす


「ニュー・アース」を読み始めてから2ヶ月以上経ち、先日やっと最終章を読み、この本は一生枕元に置いておく種類の本だと思っています。

本のほうにはエゴの仕組み、ということについて何度も何度も説明してくれているし、その解体についても詳しいのですが、あの本は読んで知識に付け加えてああー良い本読んだー、で終わるようなものではないようです。タイトルに書いてあるとおり。まさに「意識の変容」が起こるための本、というか。そしてこの本に出会うひとはそういう準備ができているからこそ出会うのだろうと。 


きょうわたしは、あるひとと話している最中、相手がわたしを批判してまくしたてている最中、黙っていることができました。そして、一瞬だけ感じました。これはこの相手のエゴが話しているのであってこのひとそのものではない、そして、聴いている自分もついさっきまで自分のエゴに主導権を渡してしまっていて、まったく我を失っていた、と。相手も自分も悪くないし良くもない。正しくも間違ってもいない、とも思いました。

相手の話し終わるまで一切口をはさまずに黙っていることができたこと。これはわたしにしてはとても珍しいのです。ましてそのときは相手が興奮して「自分が正しい」「あなたは間違っている」、という意味の言葉を怒りとともに述べている場面でした。だけどわたしは相手の怒りをただそのままそういう現象が起こっているのだと受け止めました。

そしたら、いつのまにか冷静になって、現在に至ります。帰宅した夫は穏やかで、わたしは携帯が水没したおかげで一切Twitterなどをすることができず、それはそれで良いことだと感じています。

この著者のいう「エゴ」「頭の中のおしゃべり(メンタルノイズ)」「ペインボディ(過去の辛い経験)」については、長い間悩んできたことでした。だから、素晴らしい本に出会えたと思っています。レビューなどによると J.クリシュナムルティ というひとの教えと似ているのだとか。でも、クリシュナムルティを読んでいてあまりにもむつかしくて意味がわからなかった、というひとがエックハルト氏の本は平易な文章で書かれているためわかりやすかった、などとありました。

(わたし自身は他の本は読んでいないので比較できませんが)

また、波動、法則、みたいな言葉を使わずに淡々とした文章で書かれているのでスピリチュアルに対して抵抗のあるひとにも読みやすいのだと思います。

わたしがそうでした。やたらと神秘的な言い回しや飾り付けのされた本だったら同じ教えだとしても買わなかったでしょう。また、別の信仰を持っているひとびとにも配慮されていることが良くわかります。ただ事実を理路整然と述べている感、というか。

いまは、自分が長年苦しんで被害者意識を募らせてきた新興宗教のことも、それ以外のひとびとが信じるさまざまな神への信仰についても、等しく敬意を払う気持ちになりつつあります。それでいて、自分は自分。わたしはその団体には所属していないけれど、自分を愛し、自分に正直で誠実であろう、空を、太陽を、木々を、道に生えている草花を、小鳥を、河原を、すれちがう人々を、愛おしく感じながらただここに生きている自分を喜べる人生。それがわたしの幸せだ。ならばいま既に幸せなのではないか。と考え始めるに至りました。


2015-01-14 09.22.33



昔から繰り返してきた怒りから行動化へのパターン。

境界型人格障害のパターン。

自分でも恥ずかしくて、情けなくて、何度もホームページやブログなどをやめようかと考えたことがありました。と言いながらまだ書いていますが。直近では断酒ブログに 境界性人格障害のこと というタイトルで書いています。長い付き合いだなあ。と、自分でも思います。そして、疲れます。

が、いまは別にこのままでもいいや。少なくともわたしはきょう、スマホ水没以外、モノを壊したりしていません。そして、一番大きい変化は、自分が脳内で作り出す「過去の悲劇物語」の主人公ではなく、一瞬だけでも観客目線になることができたことです。

ありがとう。


【断酒日記より】
エックハルト・トールについて言及している記事
【一部朗読】
Youtube - エックハルト・トール再生リスト
【参考外部リンク】
勉強すれば人生変わる 私の現実を広げた情報


ニュー・アース -意識が変わる 世界が変わる-
by カエレバ

category: 日記

[edit]

page top△

わぁー精神病院ってお金かかるのね!

いまさらかよ!って突っ込まれそうだけど、ついさっき、わたしが入院していたときの費用みたいなのがいろいろと入った封筒を見つけました。

夫が支払うひとだから当たり前といえば当たり前なのですが封筒の宛先は夫の名前。

んで、たぶん総額では50万以上行ってると思うのですが、とりあえず束になっている中で目立つのがこれ。


2014-11-17 07.18.49

2014-11-17 07.17.57


ほかにも歯科治療代だの差額ベッド代だのといろいろな書類が出てくるのでうひゃーなどと言いながらひととおり眺めてまた封筒におさめて引き出しを閉めました。わはは、なんのために開けたんだっつー話だよね。

でも、こうして普通に穏やかに生活していられるきょう、いま、が、幸せだー!と改めて思いましたよ。

そして、当時の入院日記みっけ。なつかすぃー!

わたしはいまでもまだ薬飲んでいますし、ときどきなにかやらかすこともありますが、基本的には元気です。入院日記を書いている時期も元気でしたけどね。

そして、いま書いている断酒日記のほうではライブドアの使い心地が良すぎて断酒以外の日記をバンバン書いちゃって楽しいでーす。こっちをメインブログと呼んでいるのですが、だんだんメインよりも断酒ブログのほうが充実してきてしまいそう。でも、断酒すること自体が楽しいですし、相変わらず悩んでいることのナンバーワンはアネモネがなかなか発芽しないことと、パンジー&ビオラをどういうふうに植え付けようかなぁってことと土の配合のことなのです。

お前は植田まさしワールドの住人か!ポテン生活のマンガに出てくるひとですかー?って笑ってしまいます。

15,6年前、わたしは「ヒステリーな毎日」っていう日記を書いていました。でも、いま自分の日記に同じような名づけをするとしたら「しあわせな毎日」ですね。そして、きょうも生きていることをありがたいとかみしめながら、出かけるのです。


ポテン生活(1) (モーニング KC)
by カエレバ

category: 日記

[edit]

page top△

不運として流せばいいこと。その後


不運として流せばいいこと - なんかのたまご2014/06/05 Thu. 21:08

に、あるひととの出会いと、そのひとが現われたあと、それまでの人間関係がいっこなくなったみたいないきさつを書きました。

その後、2014/06/19には、赤点取ってる 「洞察力」 で、洞察力ひくすぎ!あげるべ!みたいなことを書き、2014/07/10 に、どうでもいいことには洞察力発揮する必要なし と、自分が試してきたことを書いて、締めとしては一応、どうでもええわ、みたいに結論づけています。

この後、すーーーっかりこの出来事を忘れて過ごしていたのですが、最近ひょんなことからわたしがいなくなったあとどうなったかを知りました。

なんと、すべての人間関係ぐっちゃぐちゃになっているそうです。

当時はなんとなく名残惜しいような気がしたのですが、いまそのことで苦労なさっている方によると、「○○さん(わたし)はうまい具合に難を逃れた」という感じに。

えーなにそれーわたしってもしかしてラッキーなひと?って思いましたが、よーく思い出してみると似たような経験が何度かあります。

「なんとなく」いやだ。

そう思ったときのわたしは、意外と逃げ足が速いのです。


2014-10-15 11.12.51
止まってたまるか!逃げるぞ!


でも「ものすごく」いやなのになぜかそれを自覚できない、という別の問題を抱えていました。だから、そっちばっかりに気持ちが行っていたけど、「なんとなく」で行動した結果、なぜか命拾いみたいなことが何度かあったのですよ。

若い時にもこういうことに遭遇しかけたり、もっと些細でバカバカしくて不思議なこと (一日中家に居て、一回もうんこしてないのになぜか足の小指にうんこが乗っていたとか) があったので、「ギリギリセーフ話」「おもしろ話」として夫に笑われていたのです。お前の人生まるで漫画だな。しかもペンキ塗りたてベンチに座ってヒャァ!みたいな感じ、と。

でも今回は逃げなかったらペンキ塗りたてヒャァ!では済まなかったかもしれません。そして、もっと前にも似たことがあったのでした。たぶん2012年の夏。このブログにそのことの断片を書いた記憶があります。当時はわたしひとりが胸騒ぎでギャーギャー騒いでいるのだと思っていました。そして、「自分は神経質すぎるのでは?」 とか 「おかしいのはわたしのほうなのでは?」 と、理屈でねじふせていた違和感が、実際ふたをあけてみたらやっぱりその相手に近づいてはイカンとわかった、という出来事。

二回 (ふたり) とも、距離を縮めるのが超早い。今思い出してみると「体調悪いときは買い物代わりに行くから」「お宅に遊びにいっていいですか?」「今度旅行行きましょうよ」みたいな発言が、互いのことを良く知らない時点で出てくる。そして初めて二人だけで会話したときの「わたしたち趣味が合いますねっ♪」の発言、実はおふたかたとも嘘でした。

実際は、なにかの会話で聴きとったみたいなキーワードからわたしの好きっぽい趣味を想定して話題を準備していた、というのが正確なところらしいです。これ、なぜわかったかというとあとから別のひとが同じことをされて、家にあがりこまれ、もともと仲良くしていたひととの間がグッチャグチャになるまでひっかきまわされてしまった、という顛末をつい先日聞いたからです。

ぶっちゃけ正直な気持ちとしては「あっぶねーーーー!でもギリギリセーフ!後のことは知らん。オレは逃げる!」

という感じ。

セーフなのですよ。ほんとうに。だから、わたしはもっと自分のことを信用しようと思いました。べつに勘が鋭い必要ないし、いまも鋭くないのですが、やっぱりどこかおかしいと思ったときはその直感に従って良かったんだ、と。


ここで、今困っているらしい誰誰さん (事の顛末を教えてくれたひと) を助けよう、みたいなことしませんので今後どうなったかを知ることはないでしょう。

だって、相手が自宅に押しかけてくるのを断れないのは本人がはっきり言わないから。嫌いな相手にさえ嫌われるのを恐れているから。そして、定期的に愚痴を聴いてほしくてわたしに電話してくるなら聞く気ないから他の話しようぜ、って言いました。すると、困っているご本人はどうやらそのトラブルに巻き込まれていることを心のどこかで楽しんでいるご様子。しゃべりたくて仕方がないのですよ。そのイベント的なトラブルを。それを感じたとき、あっそ、好きでやってるのね。そういうのに付き合うぐらいならアニメとか映画見るのに忙しいから断るわ。だからわたしと関係ないところでやっててくださいという気持ちになりました。

この対応に関しては、罪悪感ゼロです。

「ネガティブな感情に救われた記憶」としてわたしの中の宝箱に保存しておしまい。いずれは「自分の身を守る能力をUPさせるための貴重な経験だった」というふうに変換されるでしょう。


そうそう、それよりあと2か月半で2014年も終わるということで「年内にぜひ!リスト」と題して叶ってほしいことを紙に書きなおして壁に貼りました。なんと、先日貼った直後に2つも叶い済みになってしまったのです。それとは別に、3年ぐらい前の正月に買った、やりたいことリストを書くノート、すべてを読み返して叶ったことは赤線、やっぱりどうでもいいと思うようなことは書きなおし、ってやったらすっごく絞れてすっきりしました。

断酒を思いついてからまだ一ヶ月なのですが、ものごとの進み方がカンタン、ラクラク、って感じがします。お酒文化は素敵だと思いますが、わたし自身には必要なくなっちゃいました。そして、そのことによって日々幸福感が増しています。えへへ。


2014-10-17 23.57.26
酒買ったらこの小銭消えてたヨネ貯金も増えてます☆えへへ

category: 日記

[edit]

page top△




ベトネベートクリーム
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。